Column02

スティーブ・ジョブズという男がいた。
彼は新居の家具を買うために、8年も妻と話し合うほどストレンジだった。

スティーブ・ジョブズの名前を知らない人は少ないと思う。彼の独創的な発想と飛び抜けた交渉能力で生み出した製品やサービスは、今の私たちの生活を大きくデジタルシフトさせている。

彼は、メインフレームといわれる大型コンピーターを巨大企業が独占する時代に、持ち運びができる小さなコンピューターMacintoshを創った。そしてインターネットに簡単に接続できるiMacを発売し、音楽プレーヤーiPodを生み出し、楽曲を配信するiTunes Storeを育てた。さらにそのiPodが世界各地の音楽好きに普及する頃に、「インターネット」と「音楽プレーヤー」と「電話」を融合させて指先一つでオペレーションできるiPhoneを発表し、晩年にiPadを発表してこの世を去った。

そしてそれらの製品が世界中で模倣され浸透し始めた。特にiPhoneやそれを真似たスマホ群が世界中に浸透したことで大きなデジタルシフトの波が押し寄せた。そしてアナログだったものは、その波の中に次々に姿を消していった。机の周りにあったメモやペンやカレンダーや時刻表や地図や目覚まし時計、恋人や友達とのコミュニケーションや、ついには財布や商店や銀行や仕事までもがポケットの中の小さなデバイスに収まっていこうとしている。

デジタルシフトのきっかけを何度も生み出したスティーブ・ジョブズの発想の特徴は「原点回帰」。原点に帰ることで、物事の本質を見つめ直して、何者にも左右されない独創的な発想を構築している。禅などの修行を通して常人離れした深い発想力を会得したと云われている。

そんな彼の基盤を作ったであろう、1960〜70年代のアメリカンカルチャーには、ベトナム戦争に反発して平和や民衆の力を高めようとするヒッピームーブメントがあった。

後にニューヨークで同棲することにもなる反戦運動を象徴するフォークシンガーのジョーン・バエズや、ボブ・ディランやジョン・レノンが「民衆に力を」「体制に巻き込まれるな」と歌った。そして若きジョブズの手元には、自立した自由な生き方を伝えたホールアースカタログという伝説のバイブルがあった。

実はスティーブ・ジョブズが行ってきたことは、「Power to the People」だったのだ。庶民に寄り添いその力となって、庶民の生活の質を豊かなものにするものやサービスを生み出し続けてきたのだ。そして現在、AI(人工知能)やRT(Robot Technology)時代を迎えて、昔の科学雑誌に描かれていた以上に快適で便利な世界が訪れようとしている。

しかしながら、未来のカードを握るAIはiPhoneやインターネットが浸透させてきた民衆中心の文化とは真逆の位相を持つと言われている。AIは企業にとって最大の固定費でもある人件費を削る手段として積極的に導入され、その結果大規模なリストラが始まり庶民は仕事を失い所得格差が益々広がるというのだ。それにAIを育てるには膨大なデータが必要で、データを集約させるには巨大な資金が必要なのだ。

現在、民衆のコミュニケーションのために生まれたTwitterやITを巧みに使いこなして、過激な発言や政策で世界のルールを曲げマイノリティを翻弄するアメリカ政府や、巨大な経済力と消費力を手中にして急成長を遂げた中国は、いち早くAIを使った国家統制を強め始めている。

我々の未来を、政府や一部の巨大企業の手中に渡さないためには、新たなスティーブ・ジョブズを待つしか無いのかもしれない。しかしきっと、AIによる収入格差や社会の不均衡を打開するイメージを握っている天才が世界に何人か控えているのではないかと期待している。

■毎月更新されるこの連載では、今後時代がどう変化するのか、最先端の動向や技術を基盤に深く読み解ければと思う。

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佐藤豊彦
(さとう とよひこ)
大分県大分市出身。東京と大分を拠点に企業やNPOなどのコンサルタントとして、マーケティングやブランディングやメディア戦略の提案などを手掛けている。
また、オーナーとしてプロバスケットチーム・大分ヒートデビルズ(現・愛媛オレンジバイキングス)の立ち上げに関わったり、大分県立総合文化センター(現・iichiko総合文化センター)の企画制作などを担当するなど大分の仕事も多い。
イラストレーターとしてもSatoRichmanのペンネームで活動し、田中康夫氏や林真理子氏など多くのエッセイなどに作品を提供したほか、「popeye」をはじめ多くの雑誌や、UNICEF世界版カード、丸ビルのビジュアル、MasterCardのPricelessキャンペーン、氷結果汁やNEXCO東日本のTVCM、伊勢丹のディスプレイ、高島屋のカードキャンペーン、三越の広告などで活躍。また、クリエイティブディレクターとしてnikeやMAZDAやFORDや小学館などのWEBサイトのマーケティング戦略の提案、コンテンツの提案、全体のディレクションやコンテンツの制作やデザインを担当。
TBSからスタートしたポッドキャスト番組「AppleCLIP」(インターネットを使ったラジオ放送)の制作ディレクター兼パーソナリティを担当している。