第4回 最新テクノロジーを活用する金融機関の未来

りそな銀行は、2018年秋に、クレジットカードやデビットカードといったキャッシュレス決済をひとまとめにして管理できるサービスを始める。スマートフォン上で管理でいるアプリを提供する。QRコードを読み取って、銀行口座から直接引き落とされる決済サービスも始める。横浜銀行と連携し加盟店で相互理容できるようにし、決済の利便性を高める。
————–2018年2月23日朝刊 日経新聞より抜粋————–

銀行や信用金庫などの金融機関は、個人や企業から預金という形式でお金を集め、個人や企業にお金を貸す機関です。
金融機関は、預金勘定により「金融の仲介機能」「信用の創造機能」、そして「決済機能」を生み出しています。
仲介機能は、お金を借りたい人とお金を貸したい人を仲介することです。金融機関が間に入ることで借り手と貸し手をマッチングさせ、スムーズに貸し借りが行えます。
信用創造は、預金を持つ金融機関が果たす役割そのもので、預金の一部を現金で手元に残し、残りを貸し出します。個人や企業に貸し出したお金は企業や個人に支払われます。そして企業や個人から再び銀行に預金されます。これらの活動が繰り返されることで、預金通貨というお金が新しく生み出されます。金融機関全体の預金残高が次々に増えていくのです。
企業や個人は金融機関の預金口座を利用することで、現金を使わないで口座振替で送金や支払いなどができます。これが決済機能です。
金融機関は主にこの3つの機能を持ち、信用のある安全な金融機関には預金が集まり、豊富な資金が確保される仕組みを持つのです。

りそな銀行の記事は、3つ目の決済機能をスマフォを使って行う取り組みです。では、今後、他の機能である信用創造や仲介機能まで、スマフォ一本で完結できるようになるのでしょうか。
例えば、預金や振込などの窓口業務がスマフォアプリを介して、バーチャルで出来るようになると便利です。融資や為替業務も、そのデータを活用してAIが自動的に個々人の信用履歴から金利などの条件を提示することは理論上可能です。
また、預金のお金は自動売買のアルゴリズムを活用して元本を維持しながら安全に取引して運用することで、金利が今以上につく仕組みも提供できるはずです。となると金融機関の信託業務も管理や運用に加えて、遺言信託や相続対策などのアドバイスもAIを活用して置き換えられないでしょうか。
このように考えると、スマフォを活用することを皮切りに、金融機関の業務がゼロから見直される可能性が出て来るのです。かのビル・ゲイツはかつて、“Banking is necessary, but banks are not.”と言っていましたが、金融と技術(フィンテック=Finance+Technology)が結びつくことで既存の金融サービスを代替する仕組みが生まれてきてもおかしくないのです。

現在、世界ではすごいスピードでフィンテックが広がっています。スマフォやAIやビックデータというキーワードを毎日聞きまよねす。更に世の中を騒がせる「仮想通貨」もあります。
しかし、その本質は、中央管理の手法から分散型の管理が安価で安全に出来る「ブロックチェーン」の技術が現実化されたことです。ブロックチェーンの技術はすごく大雑把に言えば、様々な取引に関わる参加者が取引の記録を共有して確かさを互いに検証する仕組みです。
現在、日本の金融機関は振込等で送られてきた為替取引に関するデータを全銀システムのコンピューターでリアルタイム処理され、受取人の取引銀行宛に送信されます。これと同時に全銀システムでは金融機関からの支払指示を計算して、各金融機関毎に算出した受払差額を一日の業務終了後に日本銀行に対してオンライン送信しています(※1)

これら中央管理型の仕組みだとメインフレームコンピューターが必要になり、最もセキュリティが高いシステムを構築する必要があります。従って大規模なデータセンタとなり維持管理コストが莫大なものになっていると想像されます。
また、業務終了後に日銀に対してオンライン送信をしているため、金融機関の業務は9時から15時までと限定的で、週末は停止されサービスを利用することが出来ません。全銀システムは国内の金融機関で運用しているので、急に自分たちだけがブロックチェーンの技術を使って同様のことを実現しようと思っても塩梅が悪いのです。
ちなみにブロックチェーンを使えば、ネット経由で送金コストがかからず、システム維持コストも安く済みます。またデータ改ざんは技術的に難しくほぼ不可能です。何よりも24時間365日利用することができます。
つまり、ブロックチェーンの技術は既存の金融機関には諸刃の剣とも考えられるのです。

そうは言っても、時代の流れとともに個人の行動は変化します。
ミレニアム世代を中心にスマフォを主流とする購買活動が生まれます。クレジットカードの信用が得られない人々も世界中には一定数います。新興国や途上国に目を向ければ金融機関口座を持たない成人は20億人以上もいて、資金が得られない新興国の中小企業も2億社以上あると言われます(※2)
フィンテックが進み、キャッシュレス決済が広がれば、ライフスタイルも劇的に変化するでしょう。一方で、小売や流通サービスがシェアリングエコノミーで変わったように、根本的な金融のビジネスモデルも変革点を迎えていると思います。
ともすれば、スマホの普及は、従来は金融サービスを受けれなかった個人や企業が受けられる可能性が拡大することを意味します。また、それを提供するのは既存の金融機関と異なるプレーヤーかもしれません。

中国を例に取って考えてみましょう。
中国では、銀行システムやクレジットカードがあまり発展していなかった背景から、独自のモバイル決済の普及が加速しました。代表的ともいえる「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」は、今回のりそな銀行が進めた取り組みを数年前から実現しています。そこではQRコードを支払い接点に置き、精算や決済においてはデビット方式、つまり即時決済という手段をとりました。QRコードの読み取りはスマフォ同士でも出来るため、機材設置コストや人手が不要なため、決済手数料は0.6%程度でも成り立っています。
一方、アメリカや日本の場合、ちょっと勝手が違います。
まだ新しいテクノロジーがなかった頃にATMや金融機関の窓口、クレジットカードの仕組みが充実していて、どんどん便利な仕組みに発展してきました。支払い接点も様々です。QRコードだけでなく最新技術となるICカードによるタッチ、アプリによる決済等々です。精算や決済もクレジットカードやデビット、電子マネーによる口座引き落とし等、様々な手法があります。「アップルペイ」や「スクエア」などは便利ですが、ベースはクレジットカードです。
しかし、これらは金融サービス会社やクレジットカード会社が介在するために、どうしても手数料が高くなってきます。また全てのシステムには、企業が事前にそれなりの投資が必要な仕組みとなっています。

しかし、中国の金融事業の進化は非常にユーザーセントリックな仕組みになっています。
例えば、アリババ・グループの「アリペイ」はスマフォを介した様々な個々人の決済データを駆使して、個人の信用や企業の与信評価をAIとビッグデータを活用して実現しています。融資申請が3分程度の手続きで済み、AI融資の判断は1秒、その瞬間にお金が振り込まれる仕組みを実現しています。すべてスマフォのみで出来るため、まさに人手がかからないスマートな枠組みと言えるでしょう。
個人や企業がアリペイを使う際は、アリペイ口座に決済用の資金を事前に置きます。その残高以内の決済金額であれば、即座にその金額がブロックされ、引き落とされるので、リスクはありません。また、決済用の資金で使っていないお金に対しては、世界最大規模のMMFを活用して4%程度の利回りをつける蓄財サービスまで提供しています。
こう見てくると、実質的に金融機関の3大業務を行っているとも言えるのです。
同様の仕組みは、テンセントが行う「ウィーチャットペイ」でも実現されています。現在アリペイのユーザーが4.5億人、ウィーチャットペイのユーザーが8億人ということを考えると、日本以上の人口規模がスマフォだけでの金融サービスを受けていることが分かります。

これらはリスク面に対する懸念もあるでしょうが、スマフォには生体認証(顔認証や声紋認証等)が付いているので、暗証番号だけで管理する銀行のATMよりも遥かに安全と言えるかもしれません。その結果、中国では無人コンビニや無人スーパー、或いは様々なシェアリングエコノミーが、どの先進国よりも進んでいます。スマフォさえあればキャッシュレスでサービスを利用することが出来るからです。
りそな銀行は決済機能をスマフォで行うことはできるでしょうが、他の機能に取り組むことができたとしたら、他の金融機関は不要になることを意味します。

12億人もの人民を抱える中国は、わずか2社の参加にある金融サービスで、しかもほんのここ数年でキャッシュレス決済が実現できるようになりました。
その背景は、金融機関が個人に対する審査が厳しかったこと、数が少なかったこと、ATMが少なかったことがあります。そしてクレジットカードの普及も遅かったことにあります。日本では、それらが既に充実していたので、何の不便もありませんでした。

しかし、分散型のブロックチェーンを用いて取引情報を管理した場合、全銀システムの存在をある意味ひっくり返すことになります。ここは慎重な判断をする必要があります。
これに加えて、3つの機能が互いに有機的に活用される仕組みにはなっていません。たとえば、未だに口座に預けているお金の動きから、個人の信用を判断する取り組みが行われていません。従って、個人の信用は属性する平均的な信用情報を活用して、数日経ってからの審査でようやく利回りが確定されます。信用の低い一部の人にかかるコストを、代わりに信用が高い人が支払っている世界を継続しなければならないのです。
そう考えると、日本の金融システムはそう簡単に変わることはないでしょう。

では、「テンセント」や「アリババ」は今後どのような動きをするでしょうか。
新興国や途上国で同じようなサービスを展開するのは容易です。スマフォの普及率は高く、個人がアプリをダウンロードして、指定口座に決済用の資金を預けると、その日から直ぐに使えます。
しかも個人の信用は「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」の使い方で決まるので、身分や属性から完全に開放されます。数の理論からすると、こちらの仕組みが人類のスタンダードになるのとの予測は、あながち間違いではなさそうです。

わざわざ金融機関まで足を運ばなくてすむ。普段のお金の使い方から自分の信用が決まる。取引コストも非常にリーズナブルで、預金の利回りも高くなる。さらに送金や決済コストも安い…。
もし、そのような金融機関の機能がダウンロードできるようになったら、どうなるでしょう。
様々なハードルはあるでしょうが、日本の金融機関は確実に大きな転換期を迎えているのです。
※1:全国銀行資金決済ネットワークのWeb参照
※2:日本銀行「決済システムレポート・フィンテック特集号・金融イノベーションとフィンテック」2018年2月号参照

 

profile

早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
株式会社エクステンド 取締役
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事

長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社の研究開発部門(R&D)にて産業用ネットワークの研究に従事。MBA取得後、海外マーケティング部にて同社主要製品の海外市場におけるブランド戦略・中期経営計画策定に参画。B2Bブランディングの先駆けとして後に知られるようになったVigilanceという力強いブランドキャンペーンを実施。退職後、株式会社ビズナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に中小企業の意思決定支援業務を行う。また成長戦略や撤退戦略の手法として中小企業にもM&Aの手法が重要になることを見越し小規模のM&Aに特化した株式会社ビザインを設立。更に、M&Aの普及活動とM&Aアドバイザーの育成を目的に一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立。現在は、売上規模数十億前後の成長意欲のある経営者と対話と通じた独自のコンサルティング手法を展開。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせ方向性を明確にすることを主な生業とする。
【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のエッセンス(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
【関連URL】
■早嶋聡史の戦略立案コンサルティング
http://www.biznavi.co.jp/consulting/strategy_planning

■早嶋聡史の事業実践塾
http://www.biznavi.co.jp/businessschool

■中小企業のM&Aビザイン
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