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2017年J2リーグは長い戦いを終え、大分トリニータは9位という結果でした。最後まで声をからして応援していただいた皆様には心より御礼を申し上げます。
「まずはJ2残留」を目標に掲げてスタートした1年でしたが、昨年J1だった福岡、名古屋、湘南などと素晴らしい戦いを繰り広げ、上位の背中、プレーオフ進出が見えてくる中で「もっと上へ!!」という思いが非常に強くなっていきました。これは、サポーターの皆さん全ての想いではないかと思います。
昨年は最終盤になって連勝を重ね、最後の最後でJ3優勝を勝ち取りましたが、今年はそう簡単ではありませんでした。期待が膨らんだ分、「残念・悔しい」という思いも大きくなったのではないでしょうか。
来シーズンに向けて、フロントのできることを徹底的に実行することが、私たちの責務であると思っています。引き続き皆様に応援・期待にお応えできるクラブ創りに尽力していきたいと思います。

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■リクルートの社訓
さて、前回は新卒入社した職場環境や与えられた責任の大きさの中、大きなプレッシャーを感じながら過ごしていた時期について触れました。
「過酷ではあったけれど、楽しかった」とも記しました。
しかしこれは、今の年齢になって、当時を思い出してのことですから、「楽しい」というのは少々、カッコつけ過ぎの言葉かもしれません。辛い、嫌だ、もう辞めたいといった思いがなかったかと言えば、嘘になるでしょう。程度の差こそあれ、すべての社員がそう感じていただろうと思います。

それでも、私たちにはこの言葉がありました。

 『自ら機会を創りだし 機会によって自らを変えよ』

リクルートの社訓です。
今でも私自身の働き方の原点です。

よく世間で「リクルート出身者はいろんなところで活躍している」「優秀な人が多い」などと言われます。お褒めの言葉をいただくこと自体は非常に嬉しいことですが、リクルート出身は決して特別に優秀でもなければ、特別な技術・才能を持っているわけでもないと思っています。
ただ、現実に多くのリクルート出身者が様々な業界に散らばって、それぞれ活躍しているのを見ると、この「自ら機会を創りだし 機会によって自らを変えよ」という言葉が非常に強い影響力を持っているのだと思います。
今回は、この社訓が与える影響力の両輪について記してみたいと思います。

■自主性と自律性
ひとつの輪は、「自主性」と「自律性」の尊重です。
社訓と言えば、「会社のために」を軸とするのが一般的ですが、リクルートの社訓の軸足は個人です。個人が変化・成長していくことに重点がおかれ、その結果として会社ひいては社会に貢献できるという思想です。
「お前は何がしたいの?」
「あなたはどう思うの?」
そして、「それはなぜ?」…。
リクルートのあらゆる職場で、毎日・毎日、何度も何度も繰り返される会話です。
その結果「仕事は人に言われてするものではない、自分の意思でするものである、自分で考えることかしか始まらない」ということが当たり前になっていくのです。

このような考え方が身についた個人の集団(組織)では、常に主語が「I」や「We」で語られるようになります。「会社が…」ではなくなるのです。
自分自身を省み、自社内を見渡してみてください。もし、職場で「会社が…」という言葉を口にしていたり、耳にしているようであれば、それは何かの危険信号かもしれません。
コラム連載の第1回で記した「働き方改革」に対して私が違和感を覚えるのは、こういうところにあるのだと思います。主語が「I」ではないことへの違和感なのです。
本来、働き方を変える主体は自分であり、もし本当に働き方を変えたければ、そのために必要な努力(スキル・知識習得、仕組み作りなど)も社員が主体となっていこうという考えの方が、しっくりくるということです。

■現場に反映させる
リクルートの社訓を支える両輪のもうひとつは、この社訓がお題目に終わることなく、「現場の経営・制度・評価にその価値観をしっかり反映させていた」ということです。
多くの経営者は、社員に対して「失敗を恐れるな、チャレンジしろ!!」、「過去にとらわれるな、新しいことに挑戦しよう」と発破をかける一方で、「笛吹けど踊らず」の社員に対して不満を漏らしたりします。(うちの若いやつは…と愚痴をこぼしたりするのをよく耳にします)
なぜこんなことになるのでしょうか?
私はその原因はとても単純なことにあると思っています。
ズバリ言ってしまうと、
①    経営者自身が新しいチャレンジをしていない
②    経営と現場(若手)をつなぐ管理職が、見えない抵抗勢力になっている
③    チャレンジの結果を正しく評価していない
ことだと思います。

リクルートにおける最大のチャレンジャーは、やはり創業者の江副浩正氏だったと思います。
江副氏は、次から次へと事業を生み出していきました。
経営者自身がチャレンジしているのですから、社員にもドライブがかかります。

リクルートでは、毎年全社員参加の「新規事業コンペ」が行われます。
そこで認められたプランには実際に予算がついて、実行を任されるという仕組みです。
参加も部門横断で、自由に行われますから、若手にもどんどんチャンスがあるわけです。
部長だ、課長だといっても、新しいことに挑戦していなければなりません。
部下もよく見ていますから、「総論オッケー、各論ノー」的な上長は、自然淘汰される仕組みになっているのです。

■チャレンジに対する評価
そして、もっとも大事なことは評価の考え方です。
成功すれば、それはもちろん評価されますが、問題は失敗したときです。
チャレンジを奨励するのだから、失敗は許容されるのだろうと思われるかもしれません。
しかしそれは違います。
結果は結果です。失敗は失敗であり、目標未達成は、あくまでも未達成なのです。

多くの経営者は、ここで間違いを犯します。
「挑戦した結果の失敗を不問に付す」的に対処してしまいがちなのです。そうしないと「挑戦しただけ損」だと思われてしまうから、というのがその理由のようです。そこに経営者の腹の座り具合が、透けて見えてきます。
これは全くの間違いです。
「失敗は失敗、ダメなものはダメ」と、ハッキリさせることが最も重要なのです。
失敗の現実に真正面に向かったうえで、「次のチャレンジを促す、次に成功するように原因を追究し、アドバイスする」ことが、上司の役割なのです。

リクルートの社訓は、その軸を「個人の変化・成長」においています。
そもそもチャレンジャーは、評価されるためにチャレンジしているのではありません。会社のためでもありません。自身が発想し、考え、計画してやったことへの結果を、「頑張ったから」とかいう曖昧な理由でうやむやにされること自体を、部下は求めていないのです。
失敗してもチャレンジする勇気は、中途半端にやさしい評価ではなく、次の成功への希望によって湧いてくるのです。それが成長につながると信じているからです。
これが「自ら機会を創りだし 機会によって自らを変えよ」という言葉が、長くリクルートの伝統となり、多くのOB、OGの仕事の原点になっている理由だと思います。

リクルートの社訓は、創業8年後の1968年に制定されたと聞いています。
私は、
●今から50年も前にこのような新しい考え方を提唱していたということ
●それが、経営と現場で実践されていたということ
●さらには、そのことを社員が誇り、今でも心の底に生きていること
この3点に非常に驚きを感じます。

私自身も、大きなプレッシャー、実績が上がらない状態、アルバイト社員たちからの冷たい視線など逃げ出したいような思いはありました。しかし、「自ら機会を作り出すこと」「自らを変えること」で、それらを乗り越えることができたように思います。
そして、入社1年目の終わりに「アメリカ駐在員募集」に自ら手をあげ、そこでつかんだ機会によって、新たな挑戦が始まったのです。

次回は、アメリカで体験した、プロフェッショナルな働き方、さらには想像もしなかった逆風についてお話ししたいと思います。

profile

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神村 昌志 氏
(かみむら・まさし)
株式会社大分フットボールクラブ経営改革本部長。
1962年、愛知県半田市生まれ。大阪大学文学部卒業後、1985年に株式会社リクルート入社。2年目よりリクルートUSAへ出向。ロサンゼルスに駐在。外資系企業を経てJAC Japan(現・JAC Recruitment)入社。2003年に代表取締役に就任し、2006年JASDAQ上場を果たす。2008年10月より株式会社アイ・アム代表取締役社長を経て、2012年3月より株式会社アイ・アム&インターワークス代表取締役会長。2015年にはJリーグが設立したプロスポーツの経営人材を養成するビジネス講座「Jリーグヒューマンキャピタル(現・一般財団法人スポーツヒューマンキャピタル・略称「SHC」)」一期生へ。2016年より現職。趣味はサッカー、ゴルフ、落語、講談、ワイン、読書。アマチュア講談師として年に数回高座にも上がっている。
■大分トリニータ(株式会社大分フットボールクラブ)
http://www.oita-trinita.co.jp
■一般財団法人スポーツヒューマンキャピタル
http://shc-japan.or.jp