第7回 村上“Ponta”秀一が叩いた「Nica’s Dream」に挑戦

1988年に驚くべきアルバムがリリースされた。
中山美穂や杏里への曲提供でも有名な角松敏生が、ビッグバンドを従えてのインストゥルメント・バンド、Tokyo Ensemble Labを結成し、『Breath from The Season』をリリースしたのだが、これが本格的なメンバーを揃えた素晴らしいビッグバンドサウンドを集約したアルバムであった。
ジャズのビッグバンドは編成が決まっていて、ドラム、ベース、ピアノ、(大体ギターも入る)のリズムセクションにトランペット4人、トロンボーン4人、サックス5人という編成で、本作もほぼセオリー通りのメンバーが招集されている。「ほぼ」というのは、2曲を除き打楽器パートがコンピュータに委ねられているということ。その影響でそれぞれの曲が高い完成度ながら、緻密でソリッド、無機質なサウンドに仕上がっていた。

そこで光っていた曲が、ホレス・シルヴァーによるスタンダードナンバーを前田憲男がアレンジした曲に、名ドラマー・村上“Ponta”秀一を迎えた『Nica’s Dream』だ。彼と並ぶ名ドラマー・山木秀夫が参加した『Deja-Blues』(メンバー・小池修のオリジナル曲)も秀逸だったが、村上“Ponta”秀一がドラムを叩いた『Nica’s Dream』は人間の息遣いを感じる、血の通った素晴らしい仕上がりとなっていた。

ドラム奏者なら誰でも知っている村上“Ponta”秀一だが、一般的な知名度は低いと思われるので、ここで少し紹介しておこう。
彼は山下達郎、渡辺香津美、高中正義、かぐや姫、井上陽水など一流ミュージシャンとの共演だけでなく、日本人なら誰もが知っている楽曲『22歳の別れ』、『宇宙戦艦ヤマト』、ピンクレディー『ペッパー警部』『UFO』など、多くのヒット曲のレコーディングは村上“Ponta”秀一によるものだ。その他、詳しくは以下のオフィシャルサイトを参照いただきたい。

■村上“Ponta”秀一オフィシャルサイト
http://www.ponta.bz

なぜ彼がこんなに起用されているのか。
もちろん読譜が得意で、仕事が早かったこともあるが、「ドラムを歌として表現できる演奏家」だからと、私は思っている。

話は逸れるが、ここで筆者とドラムの関連性について少し。
筆者が本格的にドラムを叩き始めたのは19歳。大学の音楽サークルである。もともとベース奏者で歌も歌いたかったので仲間とバンドを組もうとしたのだが、周りは上手い人ばかりで相手にされなかった。仕方なく音楽を諦めようとしていた時、ふと気付いたのが「ドラムは競争率が低い」ということだ。
「ドラムはピアノやギターと違い、2本の手と2本の足だけで表現できる」
「学生時代は比較的時間はあるので、練習すれば何とかなるはず」
「ドラムさえ叩ければ、どこかのバンドにきっと引っ張られる」…。
こんな安易な発想から(笑)、私は練習に明け暮れた。当時はYouTubeやビデオもないから、ひたすら上手い人のライブを見たり聴いたり、借りてきた教則本で下宿の部屋で枕を叩くといった練習法。初めは下手だったから知り合いのバンドに入れてもらっても、そのうち他のドラマーに差替えられるという繰り返しが続いた。

しかし、そのうち人気バンドのメンバーにも招かれるようになり、ジャズのサークルでも練習要員として参加を依頼されるといった演奏活動が定着してきた。手足もイメージ通りに動くようになり、ドラムを叩くのが楽しくなってきた。
この時に大ファンになったのが、村上“Ponta”秀一である。
EPOの福岡公演を皮切りに、矢沢永吉、角松敏生、坂田明、三好功郎などのコンサートやライブに駆けつけ、そのうち終演後の楽屋に押しかけ、彼と話をできるまでになった。大分文化会館で行われた角松敏生コンサートの後、西大分のライブハウス「ブリックブロック」へ村上“Ponta”秀一を初めて連れて行ったのも私だ。

『Nica’s Dream』のリズムパターンは、ラテンビートと4ビートが交互に繰り返されるジャズのスタンダードにありがちなもので、Tokyo Ensemble Labでの前田憲男のアレンジも同様の構成である。終盤に凝ったサックスソリ(独立したメロディーをサックス5人のアンサンブルで奏でる)が施されているものの、スコアに関しては言ってみれば通常のアレンジである。
しかし、ここでの村上“Ponta”秀一のプレイは、ドラムの常識を覆すと言ってよいほど傑出していた。ラテンビートと4ビートが大きな河のような、一筆書きのような流れを生み出し、聴いている方はジェットコースター気分のスピード感とスリルが楽しめる。ラテン部分のパターンは彼なりの解釈で奏でられ、しかも〝歌って〟いる。4ビートでのアドリブや、サックスソリの間に差し込まれるシンバル、ドラム、ハイハット(左足で踏んでいる2枚重ねの小ぶりなシンバル)のコントラストは際立ち、終盤に差し掛かると曲を引き締めるドラムソロからエンディングへと導く怒涛のフレーズが舞う…。
聴き終わってみると、ドラムが指揮を振るうことで曲全体が映画のような「起承転結」を奏で、それでいてサックス、ピアノ、ギターのアドリブ、サックスのソリといった各シーンを引き立てる名脇役の役をも演じていることが分かる。

私が在籍するSwing Echoes Jazz Orchestraが、2020年2月8日(土)にiichiko総合文化センター・音の泉ホールで第29回定期演奏会を開催する。その演奏会で、今回ご紹介したTokyo Ensemble Labによる『Nica’s Dream』に挑戦する。
村上“Ponta”秀一のドラムにどこまで近づくことができるか。
ワクワクしながら練習に励んでいる。

■スウィングエコーズ・ジャズオーケストラ定期演奏会「Night Flight」
・出演 スウィングエコーズ・ジャズオーケストラ
・ゲスト 牧原 正洋(トランペット)
・日時 2020年2月8日(土) 開場18:00 開演18:30
・会場 iichiko総合文化センター・音の泉ホール
・料金 全席自由/一般 1,500円、中高生 1,000円(小学生以下無料)
・問い合わせ コンサート臨時事務局 080-4311-0171(担当:木本)

1912_echoes_A4

profile

手島繁(てしま・しげる)。大分みらい信用金庫・執行役員営業推進部長。1962年生まれ、杵築市出身、大分市在住。大分鶴崎高校、福岡大学経済学部を卒業後、別府信用金庫(現・大分みらい信用金庫)へ入庫。営業店や本部勤務、大分県産業創造機構出向等を経て、鶴崎森町支店長、東大分支店長等を歴任の後、融資部副部長、企業サポート部部長を経て執行役員営業推進部長へ。学生時代から楽器をたしなみ、バンドを結成、ドラムス、ピアノ、ギター、ボーカルまでをこなすマルチプレイヤー。特にドラムスの腕前は高く評価され、社会人ビッグバンド「スウィングエコーズジャズオーケストラ」、「Sunset Color」、「長谷部彰ピアノトリオ」等レギュラードラマーとして活躍中。毎月1回、西大分ブリックブロックでピアノ弾き語りライブ「手島ナイト」を開催している。