Statue of the Archduke Charles of Austria, Duke of Teschen on the Heldenplatz, Vienna, Austria

第28回 英国と欧州大陸  #1

【問い】
EUの離脱を決めた英国。今後は米国やアジア太平洋地域の国々と日本との関係を構築していきますが、どのような背景で離脱を決意したのでしょうか

方向性
EUとの経済活動の中で、時の首相キャメロンは、国民投票でEU残留か離脱で国民の声を聴き(当時は離脱が多数を上回ると思っていませんでした)、その結果をドイルのメルケルにぶつけて交渉しようと企んでいました。その瞬間だけ切り抜くとその背景は見えてきませんが、歴史をさかのぼれば、英国は常に欧州大陸との連携を模索していたのです。それらを考察するために16世紀頃の歴史を一気にさかのぼってみましょう。

解説
2016623日の国民投票におけるEU離脱の選択から4年以上の歳月をかけ、英国は離脱協定に沿って2020131日にEUを離脱しました。そして1年間にわたって英国とEU間の協定や取り決め毎に対して交渉を実施。その結果、2020年の1224日に英国とEU間の通称協力協定に合意し、202111日からその協定の暫定適用が開始されました。

英国とEU、いや欧州大陸は歴史を辿っていくと、元々が違うんだと思います。
なんというか少し「島国」である影響もあり、個人主義でどこか引いた感じを受けます。なんとなく壁を作る感じはどことなく日本的な雰囲気もします。米国を引き合いに出すと怒られるかもしれませんが、英語の表現も米国と違ってストレートではありません。我々日本人と同じで根底は島国根性があるのでしょう。

欧州大陸と英国はドーバー海峡によって隔たりがあります。この海峡は難所で、過去何度も欧州大陸から英国に攻め込む国がありましたが、ことごとく失敗。まさにドーバー海峡は英国にとっての守護神なのです。
そして、そのお陰で英国は大航海時代の後半より力をつけてきました。ポルトガルやスペインが植民地政策を行っても、欧州が戦場になれば艦隊を自国に呼び戻す必要がありました。戦力が不足するからです。しかし英国はドーバー海峡があったため、欧州での争いがあっても英国に攻め入る国が結果的に少なかったのです。
そのため欧州が戦いに明け暮れていた隙きを狙って植民地を増やすという行動を過去繰り返しています。また、英国は直接自分の手を動かさず、戦略的にパートナーを誰かと組み、他人の褌で相撲を取ることを得意としていました。

本稿では16世紀から17世紀、18世紀から19世紀、20世紀と順を追って英国の歴史と欧州の動きを見ていきます。事実関係はWikipediaを中心に調べていますが、ところどころ早嶋の解釈も入っていますので、事実とは違う分はご容赦下さい。

16世紀から17世紀
16世紀。
日本は戦国時代から江戸の初期でしたが、世界ではスペインがブイブイ言わせていました。時の権力者、フェリペ2世はスペイン帝国の最盛期に君臨した王です。その治世は欧州、中南米、フィリピンに及ぶ大帝国を支配しており、地中海の覇権を巡りオスマン帝国をも退けて勢力を拡大します。そしてポルトガルも手に入れ、イベリア半島を統一し、同時にポルトガルが有していた植民地も継承します。その繁栄は「太陽の沈まない国」として形容されるほどで、強みの無敵艦隊を率いて海も制していました。

そんなフェリペ2世はカトリックによる国家統合を理想に掲げます。当時のオランダはスペインの飛び地でした。オランダは宗教改革を行い、新教カルヴァン派を国教として奉じる国になっていました。そのためカトリックに対する誹謗中傷がじわじわ始まり、やがてスペインの逆鱗に触れ結果的にスペインからフルボッコにされたのです。

さて、その頃の英国はスペイン、オランダ、ポルトガルの交易船などを襲う海賊に支援をし、海賊行為によって得た金銭でひそかに富みを得ていました。オランダに肩入れをすることで、スペインの虚を突くことができると企んだのでしょう。また宗教の見地からも英国はカトリックを止めて女王陛下を英国国教会のトップにした背景もあり、スペインに対して何か感じることがあったのかも知れません。

このような積み重なりがあり、フェリペ2世は英国(イングランド)に無敵艦隊を送り込むことを決めました。ロンドンに上陸してエリザベス女王を捉えて宗教裁判を起こす作戦でした。
しかしスペインは英国に負けてしまうのです。英国はドーバー海峡を熟知しており、無敵艦隊を海峡の狭いところにおびき寄せ、圧勝しました。1588年、「アルマダの海戦」です。英国艦隊に敗北したスペイン無敵艦隊はスコットランドとアイルランドを迂回して帰国を目指しましたが、運悪く悪天候により更に被害を蒙ります。結果、約130隻あった艦隊が本国に帰国出来たのは半数の67隻だったと言われます。

スペインが衰えると、次に台頭した国はフランスでした。
この頃のフランスを率いたのはナポレオンです。彼はフランス革命の混乱を収拾し、軍事独裁政権を樹立しました。フランス革命が起きた当時、周辺国も王国だったため、「フランス革命の動きが自分たちの国にも飛び火して同じような動きになったら困る」と誰もが思っていたことでしょう。そこに英国が乗っかって、「一緒にフランスをやっつけようぜ!」となったのです。

しかしナポレオンは包囲網を突破し、西はスペインから東はドイツ、そしてロシアまでをも支配する勢力を持ったのです。フランスは、スペインに代わって欧州広域を統一する存在になったのです。
もちろん英国は黙っていません。フランスに仕掛けます。1805年、トラファルガー海戦です。
ナポレオン戦争における最大の海戦とされ、英国はこの海戦の勝利によってナポレオン一世の英国本土上陸の野望を阻止しました。ロンドンにあるトラファルガー広場はこの海戦から名前を得ており、広場にはネルソン提督の銅像が置かれています。

ナポレオンはこの戦いの腹いせに英国経済封鎖を試みます。フランスの同盟国に対して英国との貿易を止めさせたのです。
しかし英国に農産物を貿易していた国々は、穀物が売れなくなり困り果てます。この影響により、時のロシアでは大規模な反乱が起こりました。そしてこれが仇となり、ナポレオン帝国は徐々に崩壊へと向かっていったのです。皮肉なことに自分が蒔いた種によって終焉を迎えたのです。

そして決定打は1815年、ワーテルローの戦いです。
この戦いでフランスは英国や当時のドイツとの同盟軍に大敗して、ナポレオンは南大西洋の孤島セントヘレナへ島送りされ、1821年にその生を終えました。英国は1840年にナポレオンの遺体をパリに返すことを認め、今でもその遺体はルイ14世が建てた廃兵院のドームに安置されています。

※第29回 英国と欧州大陸 #1へ続く

profile

hayashima_biznavi
早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
Parris daCosta Hayashima k.k. Director & Co-founder

長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社の研究開発部門(R&D)にて産業用ネットワークの研究に従事。MBA取得後、海外マーケティング部にて同社主要製品の海外市場におけるブランド戦略・中期経営計画策定に参画。B2Bブランディングの先駆けとして後に知られるようになったVigilanceという力強いブランドキャンペーンを実施。退職後、株式会社ビズナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に中小企業の意思決定支援業務を行う。また成長戦略や撤退戦略の手法として中小企業にもM&Aの手法が重要になることを見越し小規模のM&Aに特化した株式会社ビザインを設立。更に、M&Aの普及活動とM&Aアドバイザーの育成を目的に一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立。近年、アナログの世界に傾倒すること、価値を見直すことをテーマに、自ら高級スイス時計のブランドであるパリス・ダコスタ・ハヤシマを設立する現在は、売上規模数十億前後の成長意欲のある経営者と対話と通じた独自のコンサルティング手法を展開。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせ方向性を明確にすることを主な生業とする。
【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のエッセンス(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
実践『ジョブ理論』(総合法令出版)
この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント(中央経済社)
【関連URL】
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