第19回 香港デモの背景 前編

■問い
逃亡犯条例改正案をきっかけに抗議活動が始まった香港。2019年11月24日の区議会選挙は、民主化運動に前例ない勝利をもたらしました。一連のデモはピークを超えたようですが、中国本土の企業や中国寄りの企業に怒りの矛先が向けられた形跡が未だ街中に残っていました(2019年11月末)。さて、香港の一連のデモの背景は一体どうなっているのでしょうか?

■答え
2019年11月末に2泊だけですが香港に行きました。一連のメディアを騒がしているデモの背景や今後の状況を考えたくて、現地の若者の声を聞きながら何が起きているかを自分の考えとして整理しました。今回は前半です。

1. 2019年11月末の香港
逃亡犯条例改正案をきっかけに抗議活動が始まった香港。2019年11月24日の区議会選挙は、民主化運動に前例ない勝利をもたらしました。
一連のデモはピークを超えたようですが、中国本土の企業や中国寄りの企業に怒りの矛先が向けられた形跡が未だ街中に残っていました。店頭の落書きは可愛いもので、店舗が破壊され、再び影響を得ないようにガラスのみならず店舗の壁面などは木や鉄などの素材で生生しく保護されています。竹で足場を組み修復している店舗は、街のあちらこちらで観察できました。

特に中国銀行をはじめとする中国大手銀行の店舗は破壊された後を垣間見ることができ、ATMなども含めて被害が相当だったと想像できます。エリアによってはスタバや日本の吉野家、元気寿司、そして博多の一風堂なども被害を受けていました。

背景を調べると、上記の香港FC店舗を運営している企業は、地元飲食大手の美心集団(マキシムズ・ケータラーズ)が運営していました。美心創業者の娘がジュネーブで開かれた国連人権理事会で香港のデモについて批判的な発言をしたことに対する報復襲撃だったのです。

同様に吉野家を運営する香港FC店の現地企業は、香港政府と警察を支持している親中派です。デモに関与する社員を無理矢理解雇するという趣旨の発言があったことをきっかけに攻撃対象になり、同時に香港市民はボイコットしていると現地学生が話していました。

スタバや日本のFC店舗が被害を受けている様子を報道で見たとき、日本への何らかの反感があるのかと思いましたが、完全なミスリードでした。香港という土地柄、グローバル事業を行う資本が、どのような思想を持ち、どのような組織とつながっているか。また一連のデモに対して、どんなポジションを持つかを理解しなければ、多くの誤解を招き兼ねないと感じました。

2. 「逃亡犯条例」改正の背景と疑問
そもそも香港政府が「逃亡犯条例」改正を提訴するきっかけは台湾での殺人事件です。
2018年2月、香港から台湾旅行中に男が交際相手の香港女性を殺害した疑いが持たれました。男は香港に戻り、台湾で起きた殺人事件に対しての訴追を免れました。理由は、香港と台湾の間で容疑者の引き渡しを行う取り決めがなかったからです。そのため台湾での司法手続きが進まなかったのです。

香港政府は2019年4月に、この殺人事件を理由に、香港当局が身柄を拘束した容疑者に対して、台湾や中国本土に対して身柄の引き渡しが可能になる条例改正案を立法会議に提起します。その結果、様々な思惑が交錯し、市民の大反発からやがて一連の大規模な抗議活動に発展したのです。

日本での報道を聞く限り、「中国政府が香港に対して何やら強引に…」というニュアンスが漂うのではないでしょうか。一連の香港におけるデモ活動を理解するために、いくつかの視点を確認してきました。

3.歴史的背景
今回のデモ(デモ隊と警察の衝突)は、2019年7月1日、香港がイギリスから中国に変換されて22年を記念する式典の最中、立法会の近辺で勃発しました。

香港は、150年以上の間イギリスの植民地でした。1842年、アヘン戦争の後、香港島はイギリス領になります。その後、当時の清朝政府からイギリスは当該エリアを99年間租借します。これをきっかけに香港は貿易港として発展しました。1950年代には製造業のハブとして更に経済成長を遂げ続けます。同時に、中国本土の政情不安から貧困や迫害を受けた人たちが香港に移り住むようになりました。

1980年代前半、イギリスと中国政府は将来の香港について協議を開始します。この際、中国共産党は返還後の香港は中国に従うべきだと主張しました。中国の立場を鑑みるとある程度理解できる主張です。

そこで、協議の結果、1984年に合意されたのが1997年に一国二制度として条件付きで中国に返還されることでした。その条件は、返還から50年間は外交と国防問題以外では高い自治性を維持できるというものです。香港は特別行政区になり独自の制度と国境を持ち表現の自由などの権利等も保障されるように約束されました。

1997年から20年近く経った今、中国の経済は当時からは想定出来ないレベルにまで成長しています。当然に中国政府からしても香港の立地や世界における役割は当時話合あったときと違って見えるのかもしれません。一方で、香港と同様の役割を担うエリアとして上海や深センが代替として成長しているため、昔ほど気にならない存在に写っているかも知れません。

ただ香港に住む人々の見解は、「自由が徐々に減ってきている」ということのようです。例えば、
●香港の人権団体は、高等法院が民主派議員の議員資格を剥奪した事例などをあげ中国政府の香港自治への介入を批判
●香港の書店員が次々と姿を消す事件
●香港の富豪が中国本土で拘束された事件
●香港のアーティストや文筆家は検閲の圧力に晒されている
など、その見解を助長する出来事は枚挙にいとまがないのです。

4.香港人の民主化とアイデンティティのギャップ
香港の民主化についても疑問があったと思います。
香港政府トップの行政長官は1,200名程度からなる選挙委員会で選出され、その構成の多くが中国政府寄りでした。

更に立法会議席は香港の有力者に直接選出されるわけではなく、議席の大部分が親中派の議員で占められていました。多くのニュースソースを参照すると有権者に選ばれた議員の中には中華人民共和国香港特別行政区への忠誠を正しく述べることを拒否し、「香港は中国ではない」旨のメッセージを掲げることで議員資格を剥奪された人もいました。

香港に住む多くの人は民族的には自らを中国人だと認識しており、香港は中国の一部と考えているようです。しかし同時に多くの香港人は自分たちを中国人と思っていません。

実際、このようなサーベイを行っている香港大学の学生に直接話しを伺ってみました。自分たちが行ったサーベイでは自分たちを中国人と思う割合は1割強しかいないとのことです。そして、その傾向は世代が若くなるほど大きくなり、香港人としてのアイデンティティを若者ほど大切にしているそうです。彼ら彼女らは法的にも、そして社会的にも、また文化的にも中国と違うと考えているのでしょう。

後半は、香港の急速な人口増加と経済成長、そしてそのメカニズムを鑑みながら、デモの中心にいる学生の深層にフォーカスして考察します。一連のデモ活動は、単純に逃亡犯条例改正案が原因では無いと考えます。その背景には、社会主義と資本主義をつなぐルールの中、新たなグローバ化がもたらした歴史背景と経済背景などを理解しないと解説がつかないのです。

いずれにせよ、自分のアタマで考えて、自らリスクを取って行動して、結果に責任を持つ基本的なスタンスは普遍的に役立つ考え方だと短い視察の中で再認識しました。

「早嶋聡史のマーケティング思考術/第20回 香港デモの背景 後編」へ続く

※参照
Why are there protests in Hong Kong? All the context you need
https://www.bbc.com/news/world-asia-china-48607723

 

profile

早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
Parris daCosta Hayashima k.k. Director & Co-founder

長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社の研究開発部門(R&D)にて産業用ネットワークの研究に従事。MBA取得後、海外マーケティング部にて同社主要製品の海外市場におけるブランド戦略・中期経営計画策定に参画。B2Bブランディングの先駆けとして後に知られるようになったVigilanceという力強いブランドキャンペーンを実施。退職後、株式会社ビズナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に中小企業の意思決定支援業務を行う。また成長戦略や撤退戦略の手法として中小企業にもM&Aの手法が重要になることを見越し小規模のM&Aに特化した株式会社ビザインを設立。更に、M&Aの普及活動とM&Aアドバイザーの育成を目的に一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立。近年、アナログの世界に傾倒すること、価値を見直すことをテーマに、自ら高級スイス時計のブランドであるパリス・ダコスタ・ハヤシマを設立する現在は、売上規模数十億前後の成長意欲のある経営者と対話と通じた独自のコンサルティング手法を展開。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせ方向性を明確にすることを主な生業とする。
【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のエッセンス(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
実践『ジョブ理論』(総合法令出版)
この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント(中央経済社)
【関連URL】
■早嶋聡史の戦略立案コンサルティング
http://www.biznavi.co.jp/consulting/strategy_planning

■早嶋聡史の事業実践塾
http://www.biznavi.co.jp/businessschool

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