第21回 アフターデジタルの方針

■問い
デジタルの世界が当たり前になると、企業としてはどのような変革を迫られることになるのでしょうか?

■答え
デジタル時代は、全てがオンラインになります。
つまり人が何かをする際に、その人を特定できる何らかのIDのようなものに紐付けられ、その特定の個人の過去の行動履歴と共に蓄積される状態が当たり前になります。従来のデジタルにつながっていないオフラインの状態が通常ではない世界になるのです。
しかしオフラインの状態であっても、何らかの工夫でその履歴をも何らかのIDに紐付けられるようになるためオフラインとオンラインの境界がなくなります。

そのような中、企業としては3つのレイヤーに渡って方針を明らかにすることが大切です。ビジョンの変化、STP戦略の練り直し、そしてビジネスモデルの変容です。

■解説
【経営者はマインドセットが必要になる】
デジタル化が当たり前になると企業は大きな変革が必要です。企業戦略レベルではああ、従来の企業本位の考え方は危険です。真に顧客や社会に寄り添うことが大切です。

例えば従来のメーカーは、「技術革新に邁進し最高の技術を提供します」と、技術を軸に、或いは企業が主体となったミッションを唱えています。
しかし、デジタル化は顧客との接点が単発的なものから連続へと変わります。1回の商談や購買を取引とするのではなく、その前後における企業と顧客の全ての接点を意識した体験の提供が大切になることを意味します。

企業はこれまで商品を販売する仕組みを最も注力して構築してきました。そのためバリューチェーン毎に組織を最適化します。組織は機能別に分かれ、事業部制を取る企業は事業を超える横の連携がありません。また、エリア毎の販売チームは全体の顧客を統合して戦略を練ることはありません。
デジタル化によって、この仕組に歪がでます。ジョブ理論の解説でもお話をした通り、今後は成約はスタートであり、ゴールではないというマインドセットを全てにおいて浸透させる必要があるのです。

【ビジョンの変化】
繰り返しになりますが企業は自社のビジョンに、「企業の価値や企業が成し遂げたい姿」を掲げています。もちろん顧客にフォーカスしたビジョンも沢山ありますが、「顧客を一番に考えて貢献する」という抽象度が高い表現が目立ちます。未だに自社が提供する商品(製品やサービス)を顧客に届けることをビジョンに置く企業も多数あります。
結果、皆が頑張って、良いものを作り提供するという風土から抜け出すことができずにいます。

デジタル化の世界は、単発の購買体験の意味が薄れます
上述の通り、顧客との接点をスタートと捉え、継続的に顧客と寄り添う顧客体験を提供する企業が勝ち残るようになります。そのためビジョンの掲げ方は、「どのような顧客にどのような顧客体験を提供し続け、どのような状態になって頂きたいかを追求する」というような内容に変更することが大切です。

ビジョンの主語を企業から顧客や社会に変えます。顧客接点を重視し、顧客とつながっている状態を当たり前とする。生涯に渡り顧客に適した体験を提供することがデジタル化のビジョンなのです。

【STP戦略の練り直し】
STP戦略(Segmentation=市場細分化、Targeting=ターゲット層の抽出、Positioning=ポジショニングの頭文字)の概念も変わります。
従来、ターゲットの特定は難しく、将来に設定するにも多大なるコストが掛かっていました。そこで代替指標を使ったセグメンテーションが一般的でした。結果、もっとも浸透し活用された指標は顧客属性でした。

マーケティングで重要な概念は、「誰が、なぜ、買うか?」です。究極を言えば、本人も知らない「なぜ」の追求がマーケティングの永延の命題です。しかし企業規模が大きくなると、「なぜ」の追求をせず、比較的容易に把握できる「誰が」にフォーカスが当たりました。

デジタル化では、顧客のみならず特定の個人を把握することができます。従来の属性にフォーカスすることなく、個々人についての研究が可能です。個人を特定するIDに、全ての購買履歴等の情報を連続的に管理することが前提にあるのです。そのため再び「なぜ」に注目が集まるのです。

しかし、現在の技術では顧客の思考を正確に分析することはできません。そのため顧客の行動を分析することで「なぜ」を理解しようとするのです。断片的な属性の点としてのデータが、連続的な個人の行動の連続から「なぜ」を発見して、顧客が欲している体験を提供することがマーケティングの価値に変化していきます。

ジョブ理論では顧客を捉えるために「ペルソナ(人格・典型的な顧客モデル)」を活用しました。デジタル化が進めば、ペルソナは完全に特定の個人として考えることができます。そして、個々人のジョブをより明確につかむことが可能になります。
ジョブとは特定の状況で顧客が成し遂げたい姿です。顧客が解決したい用事(ジョブ)を企業が把握して、顧客の障害を取り除き、企業が解決策を提供する。そして、その活動は1回の購買(ビックハイア)ではなく、生涯に渡る顧客のジョブの解決(リトルハイア)に寄り添う概念です。デジタル化はジョブ理論を実現する世界と言っても良いのです。

【ビジネスモデルの変容】
現在のビジネスモデルの基本体系は、企業内部ではバリューチェーン(VC)、業界全体ではサプライチェーン(SC)に代表されます。VCは上流の研究開発から始まり、商品企画、そして製造、販売、アフターフォローと続きます。全体に関わるVCは、人事や財務やマーケティングなどの機能が相当します。

VCの流れは、効率的に商品開発を行い、製造し販売することを優先する取り組みです。一方で、販売した後のフォローや、その後の顧客体験に紐づくデータを上流工程の研究や開発に活用する流れになっていないことが分かります。

デジタル化のビジョンを実現するためには、今のVCの多くが適合していないのです。デジタル化の時、企業が重視すべきは1度の販売や成約ではありません。1度の顧客接点から始まる顧客体験を継続することです。そのために企業は意図的に顧客接点を増やし、管理し、それらの情報をもとに顧客の困りごとを解決する仕組みが大切です。

ジョブ理論で言うところのビッグハイア(1回の大きな購買)からリトルハイア(購買後に続く小さな購買の連続)にビジネスモデルを変えるのです。
サブスクリプションがデジタルとの相性がよい最大の理由は、毎月定額の固定金額を得ることで、企業は継続的に顧客とつながり、顧客が日常的に商品を使用している状況を把握することができるからです。企業は継続的にその情報を活用し、より便利で快適な顧客体験を提供することに資源を費やします。

上記の変化はKPI(=Key Performance Indicator。重要業績評価指」)の変更も意味します。
従来は、販売につながる指標をKPIとしていました。売上や利益等々です。そして顧客型の指標としては満足度を活用していました。しかしいずれも瞬間的な指標でその後に継続するものではありません。アフターデジタルでは、KPIそのものの発想も変えることがポイントです。

例えば、継続的な顧客の接点を示す顧客のロイヤリティです。
1回の購買金額ではなく、生涯に渡る購買金額であったり、退会せずに継続的に使用する顧客の数であったりです。満足度も、1回の購買体験や消費体験から得られたものを高める取り組みですが、継続性を見たいのであれば、「推奨度」を指標として掲げることも大切です。推奨度とは、同じような問題を抱えている顧客が、自分の親しい友人や知人に対して同様の購買や顧客体験を勧めるという指標です。

《お知らせ》
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profile

早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
Parris daCosta Hayashima k.k. Director & Co-founder

長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社の研究開発部門(R&D)にて産業用ネットワークの研究に従事。MBA取得後、海外マーケティング部にて同社主要製品の海外市場におけるブランド戦略・中期経営計画策定に参画。B2Bブランディングの先駆けとして後に知られるようになったVigilanceという力強いブランドキャンペーンを実施。退職後、株式会社ビズナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に中小企業の意思決定支援業務を行う。また成長戦略や撤退戦略の手法として中小企業にもM&Aの手法が重要になることを見越し小規模のM&Aに特化した株式会社ビザインを設立。更に、M&Aの普及活動とM&Aアドバイザーの育成を目的に一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立。近年、アナログの世界に傾倒すること、価値を見直すことをテーマに、自ら高級スイス時計のブランドであるパリス・ダコスタ・ハヤシマを設立する現在は、売上規模数十億前後の成長意欲のある経営者と対話と通じた独自のコンサルティング手法を展開。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせ方向性を明確にすることを主な生業とする。
【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のエッセンス(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
実践『ジョブ理論』(総合法令出版)
この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント(中央経済社)
【関連URL】
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