今回は、僕の趣味の話。
5月17日・日曜日、今年最初のレースに参戦する。この『ワールド・トライアスロン・シリーズ横浜大会』は、横浜山下公園赤レンガ倉庫周辺をレース会場にし、規模も大きく全国から参加選手が集まるガチなレースである。
トライアスロンは、スイム・バイク・ランの3種目を連続して行う競技である。3種の道具を揃えることや、それぞれのトレーニングにも手間暇がかかり、面倒なことこの上ない。しかし、不思議なことに、この面倒な諸々をマネージメントすることも面白く、この競技の魅力のひとつである。

実は僕が、トライアスロンに復帰したのは60歳の時だった。
35歳の時、タイ・パタヤビーチで開催された『THAI TRIATHLON CUP 87』に初参加。その後50歳まで、様々なレースに参加してきた。しかし、50歳で起業した後、仕事に忙殺され、気がつけばレースから遠ざかってしまった。

そんなある日、僕の影響でトライアスロンを趣味にしている次男からメールが送られてきた。「今度レースに出るから応援に来て」と。倅の応援で、再びトライアスロンを間近に観た。
そして、僕の心にトライアスロン再開の火がついた。しかし、昔取った杵柄とは言え10年余りのブランクは大きい。海で泳ぐこと、レース仕様のバイクで走ること、ウェットスーツや自転車を揃えること。こうして再び出場したレースのスイムで過呼吸になり、軽いパニックを起こした。なんとかゴールはしたものの不甲斐なく恐怖心を感じたレースだった。これではだめだと、初心に返りトライアスロンに取り組むことにした。

冬場に取り組んだランの持久走。毎週、土曜日の夕方から参加しているスイム。そして、海でのトレーニングとバイク練習。年間を通して続けている筋トレ。リスクと恐怖を乗り越え、清々しくゴールのテープを切るために、毎回こうして繰り返しトレーニングをしてきた。

70歳を過ぎたあたりから、レースにエントリーするとき、自問することがある。
もうそろそろ「限界」かなと。
これまで、この「限界」という言葉を幾度つぶやいてきただろう。でも、僕は知っている。「限界」というのは、案外ずるい存在なのだ。まるで「君にはこれ以上はムリだよ」と、優しく諦めを勧めるふりをして、「ここで止めるのか、それとも、ここからスタートするのか」と試してくる。「で、どうするの」と決意を確認しながら。

「限界」は、本気で挑んだ者にしかその姿を見せない。そして、この「限界」という崖っぷちに立った者にだけ、向こう側に渡るための「可能性」という橋が見えてくる。
「限界」を知ることは、恐怖ではない。むしろ喜ばしいことだ。なぜなら、それは本気でやった証だから。仮に渡った先で、もう一歩も動けなかったとしても、その場所でしか見えない景色がきっとあるはずだ。

ライバルたちと競い合うことは楽しい。
しかし、それよりもっと楽しいのは、自分自身と競うことである。
74歳、今年もレースに参加できていることに感謝し思いっきり楽しみたい。

profile

川村 隆一
ファンサイト有限会社 代表取締役
1952年1月生まれ。日本大学芸術学部卒業。日活株式会社、東京造形大学非常勤講師などを経てファンサイト有限会社を設立。資生堂・キリンビール・マツダ等の企業コミュニケーション/広報活動のためのディレクションとプランニングを手がける。
【書籍】「企業ファンサイト入門」日刊工業新聞社刊
ファンサイト有限会社
www.fun-site.biz
ファンサイト通信
www.fun-site.biz/blog_name/kawamura/