
今回は万葉集の巻一を眺めていて、やっぱこの歌が好き、と思った歌を取り上げました。
23番(Usage #94)は人への声のかけ方、27番(Usage #95)は思いの伝え方、48番(Usage #96)はものの見方、そして51番(Usage #97)はユーモアの織り交ぜ方を考えさせてくれます。巻一は万葉集の中でも格別濃厚です。
【和歌のスタイルで表現してみた】
■Usage #94
どう声をかけて良いか分からない時は…の法則
その人の痛いところではなく ちょっと外した話題をひとりごちる
[元歌]
打ち麻を麻続の王海人なれや 伊良虞の島の玉藻刈ります 万23
訳:麻続の王は漁師なのでしょうか。伊良虞の島の藻を刈っておられます。
[解説]
23番は何か問題を起こして流刑に処された麻続王(おみのおう ? – ? )に声をかけた時の人(ときのひと ? – ?)の歌。「何をしたのですか?」とか「今のお気持ちは?」などと言わず、ふわっと巧みな声のかけ方をしている。麻続王はこの声掛けが嬉しかったのか「うつせみの命の惜しみ波に濡れ 伊良虞の島の玉藻刈り食む(生きるためには波に濡れても玉藻を刈って食べないといけません) 万24」と応える。回答を要する「問い」ではなく「感想」なので気負いがない。独り言のように語りかけるというコミュニケーションの取り方があるのだった。
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■Usage #95
言い聞かせ効果の賞味期限やいかに、の法則
言い聞かす人聞かされる人 生きる限りは効果あり
[元歌]
淑き人のよしとよく見てよしと言ひし 吉野よく見よ良き人よく見 万27
訳:よい人がよくよく見て良いと言った吉野です。よく見なさい、よい人よ、よくよく見ておきなさい。
[解説]
これは天武天皇(てんむてんのう ? – 686)が持統天皇と皇子6名を吉野に連れて行き「全員仲良く力を合わせるのだよ」と約束させた679年の「吉野の盟約」の時の歌。ここで言う「吉野」は奈良県吉野郡吉野町の吉野。天武天皇と持統天皇にとっての原点であり聖なる場所。この盟約は天武天皇が生きている間、みな忠実に守った。大事なことはこの歌のように繰り返し繰り返し伝えるのが良いのだ。
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■Usage #96
一方を見たら反対にも目をやるべし、の法則
作用あれば反作用あり 一方通行はエントロピーのみ
[元歌]
東の野にはかぎろひ立つ見えて かへり見すれば月かたぶきぬ 万48
訳:東の野には陽炎が見える、反対を見ると月が傾いています。
[解説]
これは柿本人麻呂の歌。野原に立った人麻呂が、一方を見て、それから頭を廻らせて反対側を見る。360度上下左右の全方向を観察している姿が目に浮かぶ。人麻呂は注意深い観察者なのだ。そして印象的な場面を対で取り上げる。陽炎と月の傾きにまるで因果関係、作用反作用の物理法則があるように感じてしまう。光あれば影あり、是あれば否ありの世を詠っているかのよう。
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■Usage #97
どこにいようが風が吹くと心が動く、の法則
パーカーの袖吹き返す春の風 田舎を遠みいたづらに吹く
[元歌]
采女の袖吹き返す明日香風 都を遠みいたづらに吹く 万51
訳:美しい女官の袖が明日香の風に吹かれて揺れています。遷都して都が移った今、風も空しく吹いています。
[解説]
この歌が好きなのは遷都の後の寂しさを詠っているのだけれど、どこか解放感が感じられるから。明日香の風が采女の袖を揺らすのもコミュニケーションだなあと思うから。作者の志貴皇子(しきのみこ 618 – 776)は吉野の盟約に参加した6人の皇子の一人。政治からちょっと離れたところに居て、その立ち位置を回りも良しとした。難しい関係の中にあっても摩擦を起こさず自分の生き方を全うした。思慮深く慎み深い人物。
