
【和歌のスタイルで表現してみた】
■Usage #102
最高の宝? それはわが子
[元歌]
銀も金も玉も何せむに まされる宝子にしかめやも 万803
作者は山上憶良(やまのうえのおくら 660 – 733)。奈良時代の貴族。筑前守。
[解説]
金銀財宝よりわが子とズバリ言い切る憶良がカッコいい。「説明を丁寧にしすぎて何がポイントか分からなくなるのは避けたい」と思っている人にはモデルになる歌ではないかと思ふ。
By the Way、この歌は、教科書に載っていた名歌だ。中高時代にこの歌を見たとき「え、俺って、宝なん?実感がないけど」と思ったのを覚えている(親の心子知らずである)。世代が変わり、自分が親になってから、子どもが幼かった頃を思い出すと、ホントそうだったなーと思ふ(でも、すぐ生意気になるのだが)。
それにしても山上憶良の子煩悩ぶりと来たら。金銀や玉よりお子、やっぱりこれですね (笑) 。
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■Usage #103
世の中に空しさを感じるときには、悲しみも増すものだ
[元歌]
世の中は空しきものと知る時し いよよますます悲しかりけり 万793
作者は大伴旅人(おおとものたびと 665 – 731)。奈良時代の公卿。太宰帥。
[解説]
旅人は、兼征隼人持節大将軍を務めたことがある文人と武人の両面を持つ人。仕事がら世間が広い。
この歌では心情を表すのに「空しき」と「悲し」といったワードでストレートに言い表す。取り澄ましてない。そして、ストレートだからといって荒れることなく、上品だ。旅人の心のフィルターを通ると、空しさや悲しさがろ過され、この上なく上品な味になって読み手に伝わる。
人に語る前、旅人のこの語法を忘れずにいよう、と思ふ。
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■Usage #104
花盛りの時には。気の合う友と集まろう
[元歌]
梅の花今盛りなり思ふどち かざしにしてな今盛りなり 万820
作者は葛井大成(ふじい の おおなり ? – ?)。奈良時代の官人。筑後守。
[解説]
花が咲いた・花盛り・花が散ったなど、何かと理由をつけては気心知れた仲間(思ふどち)と宴を開く。
この歌では、梅の花が盛になったというのが集まる理由。参加者は花を頭に飾るのがお約束。これは一体感を持てるし、ビジュアルも良い。我われも次の集まりでマネするしかないですね 。
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■Usage #105
花を理由に集まったあと、花は散ってよろしい
[元歌]
青柳梅との花を折りかざし 飲みての後は散りぬともよし 万821
作者は沙弥満誓(さみのまんぜい ? – ? )。奈良時代の貴族・僧。新しい寺の建築を担う役人として筑紫に赴任。
[解説]
この歌は、顔を合わせて飲むのが主眼で、花の散りを感傷的に惜しんでいないのが良い。どういう感じかというと、俺らはもう飲んじゃってるから、花たちは自由解散で良いからね、とドライ。ちょっと突き放している感じさえある。
「後は散りぬともよし」は万葉和歌に時々出てくる印象的なフレーズ。ブルースの決まりフレーズにも似た感あり。忘れたころに持ち出すと効果的(笑)。
