脳内の奥に折り畳まれた記憶が、ひょんなきっかけで開くことがある。

記憶の扉を開くスイッチ。
それは、匂いや音や場所と連動していることが多い。例えば、洗濯の柔軟剤の蓋を開けた瞬間、その香りで10数年前に訪れたロスアンゼルス国際空港での入国審査のシーンを思い出したり、台所から聴こえてくる煮炊きの音で、ふと母の姿が思い浮かんだりする。
そして今回、地元の小さなニュース記事が、眠っていた場所の記憶を呼び醒ました。

老舗百貨店が破産そして閉店” 。
Yahoo!ニュースの記事で、故郷で起きた小さな出来事を知った。地方都市のデパートの倒産なんて珍しくもない。むしろ、時代にそぐわない業態を何十年も続けられてきたことのほうが不思議だ。
でも、一抹の寂しさも感じた。そして、記憶の扉を開くスイッチが入った。

将来、どうしてもデザインや映像など、クリエイティブな仕事がしたい。
高校
2年の夏、桑沢デザイン研究所の夏期講習会に参加するため上京した。出版社に勤めていた従兄弟のアドバイスもあり、講習の合間を縫ってトヨタ資生堂マックスファクターサントリーなどの広報室を訪ね、ポスターを集めた。今では考えられないが、田舎の高校生が一流企業の広報室を訪ね歩ける時代だった。
東京に滞在した
3週間で100枚ほどのポスターを集めた。トヨタのスポーツ800が画面いっぱいに配置されたデザインがクールだったポスター。開高健がコピーを書いたサントリーオールドのポスター。前田美波里をモデルに横須賀巧光が資生堂サンオイルキャンペーンの写真を撮っていたポスター。宇野亜喜良がマックスファクターのイラストを描いていたポスター。
あの時代、ポスターが最先端のクリエイティブ表現の場だった。このポスターをみんなに見せたいと思った。

地元に戻り、『ポスター展』をやりたいとデパートの催事担当者に掛け合った。思いがけないほどあっさりとOKがでた。そればかりか、企画料まで頂いた。早速、仲間を集め徹夜で展示作業をした。この展示会が取材され、地元新聞の小さなコラムに写真付きで載った。

このデパートがYahoo!ニュースで知った破産した老舗百貨店だ。

40代のある時期、僕は仕事と人生の森でさまよっていた。
なんだか全てが上手くいかない。けっして、仕事が嫌いになったわけじゃないし、手を抜いているわけでもなかった。でも、なんだか上手くいかない。仕事が合っていないのではないか、とも思いはじめていた。

そんな時、たまたま知人の結婚式で帰省した。式の翌日、帰り支度をしていると父が後ろに立っていた。(僕が母になにげなく言った愚痴を父に伝えていたらしい)
父は黙って、丁寧に折り畳まれた古い新聞紙を手渡してくれた。広げると、マジックで小さなコラムが囲まれている。そこには、『ポスター展』を準備している高校生の僕と、将来、デザインや映像の仕事がしたいという僕のメッセージが載っていた。

二十数年も前の、しかも自分自身も忘れていたような記事。
16歳の僕が何を目指していたのかを、もう一度みつめ直すことができた。読みながら、自分自身を信じてあげられなかった悔しさと、父と母への感謝の気持ちで肩が震えた。

地元の老舗百貨店が破産、閉店。のニュースは、ちょっぴり苦く、そして温かい記憶を蘇らせてくれた。

profile

川村 隆一
ファンサイト有限会社 代表取締役
1952年1月生まれ。日本大学芸術学部卒業。日活株式会社、東京造形大学非常勤講師などを経てファンサイト有限会社を設立。資生堂・キリンビール・マツダ等の企業コミュニケーション/広報活動のためのディレクションとプランニングを手がける。
【著書】「企業ファンサイト入門」日刊工業新聞社刊
ファンサイト有限会社
www.fun-site.biz
ファンサイト通信
www.fun-site.biz/blog_name/kawamura/