●砂漠の山、ツブカル山

たまたま誘ってくれる人があり8月末からモロッコのツブカル山遠征登山隊に加わりました。

ウィキペディアによると、モロッコは1956年にフランスから独立。ムハンマド6世を国王に、人口は3,250万人、1人当たりのGDPは4,349ドル。食料自給率は他のアフリカ諸国に比べ高い。国土はアトラス山脈を真ん中に南はサハラ砂漠、北は大西洋に至る平原。ジブラルタル海峡を渡ればすぐスペイン。

ツブカル山は標高4,167m。北アフリカの最高峰。私達一行13人は専用バスでカサブランカからマラケシュを通って登山基地のあるイムリル村まで2日間。そこからロバ5頭に登山ガイドとポーター6名を加え3日間の登山。枯れた川、枯れた草木、茶色の岩、青い空の急登が続く。アフリカまで来てこの山に登る意味はなどとぐずぐず考えていたら8 合目辺りで 高山病のためダウン。4000m級の山の訓練など何もしていなかったと反省。2泊したネルトーナ小屋は3,250mの地点にあり、ベッド、毛布、シャワーをそなえ、ロバの運んだ食料でスープ、デザートまで用意してくれました。

●その後はサハラ砂漠へ

ツブカル山を下りた後は、アイトベンハッドからワルザバード、 メルズーカ、フェズまでアトラス山脈の峠を幾つも越え6日間の砂漠の旅。

同行のツアーガイドは、私たちの旅行費用をなるべくたくさんの人に行き渡るようにと考えているのか、陶器、革、刺繍工場の見学、遺跡の見学。さらに気温40度を超える中、砂漠の化石拾い、ノマドの家でのお茶、ラクダ乗りにテント泊と連れ回されました。見学ルートの中にJICAが作った灌漑設備があり、地下水が汲める小さなオアシスになっていました。砂漠の中のほんの一滴ですが、私達の税金です。

砂漠の中にも人は暮らしています。小さな集落があれば必ず小さなお店があり、必要なもの(今回はとにかく水)はとりあず手に入ります。土壁の家に光るソーラーシステム、スマホを片手に歩く埃まみれの青年。ほとんどのホテルは無料wifiを完備しており、日本とのメールのやりとりは持参のiPadで。ちなみにガイドはiPhoneを持ちFacebookも。運転手はサムソンのスマホをいじっていました。

●まだこの国の女性の地位は低い

しかしモンゴルでの女性の地位は低く、まだ一夫多妻制が残っています。女性の就学率、就業率も低く、外で働いているのは男性ばかり。街には赤ん坊を連れた物乞いも。しかしムハンマド6世は家族政策、男女平等政策に熱心で、フェズの街では清々しい女学生も多く見かけました。ガイドに「あなたには何人の奥さんがいるのか?」と聞くと「1人ですよ。それでも大変ですよ」との返事。

私達にも男女不平等、男尊女卑の時代がありました。安倍首相は、成長戦略の中核に「女性の活用」を掲げています。仕事も子育てもしっかりこなしてくれと、せかされている気もします。GDP世界第3位の日本。まだ私達も女性の幸せな生き方、働き方のモデルを示せてはいないのです。

●郷に入れば郷に従え

出発前のアラブ、イスラム地域に対するメディアの情報に不安もありました。在モロッコ日本大使館も、ホームページでテロへの警戒を呼びかけていました。カサブランカ空港での入国審査も時間がかかりました。しかし旅先で出会うモロッコの人は陽気で、私達一行を見ると日本語のあいさつ攻めです。時には「ニイハオ」や「アンニョンハセヨ」も混じっていましたが(笑)。

そしてガイドは日本語で「郷に入れば郷に従え」と言い、最後に「終わり良ければすべて良し」と締めくくりました。今更ですが帰ってからモロッコ人が書いた物語や詩を探しています。

 

profile