大分市の中心商店街であるガレリア竹町とセンタポルタ中央町。

この商店街の間に隠れるように昭和の姿そのままの相生町がある。そこにお客が「人気(ひとけ)のない店」と呼ぶ小さな居酒屋”B”がある。大手文具メーカーの営業マンであったマスターが40代で始めた店である。周りから、いつまで持つか心配されながら人気がないといわれながらもう15年も続いている。

●店内は客に解放

店主とお客の間にはカウンターという越えてはならない一線がある。しかしマスターは自分が座る椅子以外はみなお客に開放している。客が勝手に企画して狭い店内を工夫して個展や落語、音楽ライブなどやっている。いまはすっかり有名人になったベリーダンサーも昔この店の土間で本格的な踊りをみせてくれた。この店の壁でデビューした若い書家、画家、工芸家もおおぜいいる。12月は佐伯市の書道の大家が作品を展示している。「世界の臭いつまみで酒を飲む会」「さみしがりやのしゃぶしゃぶの会」など今や伝説となったイベントもある。

●ある日、料理を作らなくなった

ふつう、居酒屋は料理が売りである。ある日マスターは「もうこの店はつまみにこだわりません。」などと言い出して料理を作らなくなった。材料を揃えて料理をしても残ってしまえば儲からない。料理にかかり切りではお客様と会話できないというのがその理由。今は、相生町内のお店にお客が自分で電話して出前を頼んでいる。飲み物だけははじめからこだわり厳選したビール1種類と妥協を許さない日本酒と焼酎。最初の1杯が簡単なおつまみ付きで1000円、1時間あたり平均3~5人の客か。だから客単価や一日の売上高は簡単に予測できる。

●客がかってに楽しむ

「ここはお客様がいいので」がマスターの口癖。彼が2~3週間ばかり入院する事になったとき常連客が相談してお店を自主運営する事になった。2人ずつ順番を決めて、料理をつくりお酒を出し売上の管理もした。自分の担当日に売上が少ないのも悔しいので、それぞれ声かけしたこともあり、マスターがやっている時よりもずっと売上が上がったそうだ。私も和服姿でカウンターの中に立たせてもらった。その時一緒に組んだ青年は今市内で居酒屋をやっている。

●客の若返りを図る

お客の高齢化で来店の回数が減ってくるようになった時期があって、私も一応コンサルタントなので、お客の若返りを図らなければねと、若い人受けする内装や料理、イベントなど提案していた。ところが、ある年の恒例のお花見に面識のない大学生や若い女性がたくさん混じっている。どうしたのと聞くと「うちの店で雪野さんより年上の人はもういませんよ」と云う。実はマスターただ者ではない。

●居酒屋は生き残る商売

最近、大分市の中心商店街から少しづつ老舗小売店が消えていっている。その跡に飲食店や美容室の出店が目立つ。市場規模9兆円といわれるインターネット通販の台頭も一因であろう。しかし居酒屋や美容院、エステサロンなどはリアルな地面の上で、お客を目の前にしてこそ成り立つ商売である。インターネット上のカリスマ美容師など何の意味もない。居酒屋も夕暮れのひととき少しだけ我に返る場所と時間を私達に提供しながら生き残る商売であろう。この居酒屋”B”のマスターに考え抜いたコンセプトがあるのか、客の気をそらさない仕掛があるのか不明である。とりあえず客と一緒に15年がたった。つぶれてしまわないか心配で週1回は必ず訪ねるというお客もいる。私もこの原稿が掲載されるまでに閉店されては困るので明日あたり様子を見に行こう。

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雪野佐喜子 
(ゆきの・さきこ)

大分県臼杵市出身 中小企業診断士。『ビジネス支援チーム7福人』代表。金融機関、中小企業に勤務の後、社団法人大分県地域経済情報センター、財団法人大分県産業創造機構で中小企業支援業務に従事。平成23年4月独立。中小企業診断士事務所『ビジネス支援チーム7福人』を開業。創業、経営革新、IT活用、施策活用などのコンサル活動を行っている。一般社団法人大分県中小企業診断士協会 副会長趣味はテニス、登山、飲酒、最近は短歌も。