■問い
「生産性」という指標は、技術的な側面、例えば製造業のような仕事のみの指標でしょうか?

■答え
「No」です。
ありとあらゆる業界や職種において「生産性」という指標は重要です。
しかし、無意識のうちに投入量を増やして成果=生産性が出なくなると、今度は投入量を抑えて効果を出そうという取り組みになります。

■解説
「生産性」に対する取り組みや考え方を整理してみましょう。
1980年代。右肩上がりの成長を経験してきた経営者の多くは、投資をするとその分のリターンが戻ってくる経験を積んでいます。そのため、「成果を最大化するためには投入量であるヒト・モノ・カネの投資量を最大化することが最善策だ」と考え、動いてきました。
しかし、1995年をピークに日本の成長は低迷、そして頭打ち。投入量を増やしても、それに比例して成果が出る構造に、もはや終止符が打たれてしまったのです。

投入量を最大化する取り組みは、新興宗教のように今も継続されています。
しかし、その効果が薄いということがわかると、今度は急遽、投入量を減らす動きに変わります。コストや経費を見直して、とにかく利益を捻出することを考えはじめるのです。
まさに色々な企業や組織で観察される、固定費を下げるための「戦略なき一律カット」の嵐。そのような組織では、昼間に電気が消され、長期投資のはずの人材雇用や人材育成を中断し、研究開発であろうが営業部門であろうが、部門や機能に関係なく一律コストカットの指示命令が飛んできます。
そうすると、社員の脳みそにも、成果を上げることよりも、ちまちま投入量を削減することに一生懸命になる考え方がインプットされていくのです。

生産性に関する図式を表してみると、次のようになります。

(生産性)=(アウトプット)/(インプット)
=(売上)/(コスト)
=(利益)/(人・モノ・金)
=(成果)/(投下資源)

図式と照らし合わせて考えると、1980年代までは分母を増やすと分子である成果がある程度は比例的に伸びていました。
しかし経済成長が止み、少子高齢化に突入し始める1995年頃になると、その前提が崩れてきます。それにも関わらず「成果を出すためには投入量を増やすことが必要だ」と考える経営者は、投入量に応じたコストが跳ね返ってきて、今度は一転して投入量を抑える動きに転じてしまったのです。

図式化するとわかるように、分母には理屈上の限界があります。これが数学だったら分母をゼロにすれば生産性は無限大になり、最高の効率を手に入れることができます。
ところが実際の企業活動では、ある程度分母が絞られてきたら、それ以降下げることは容易ではありません。それなのに多くの伝統的な組織は、投入量あたりの成果を最大化する取り組みがあまりにも乏しく、「生産性の向上」につなげることができないのです。

生産性の向上に対する取り組みは、技術系の仕事では取り入れられました。
たとえばトヨタの改善活動に代表される車づくりの工程は、1つの工程を“タクト”という単位で表し、1分間の作業時間を標準化します。次に、そのタクトで組み立てられる作業の質を上げる取り組みを考えることによって1分間の成果を最大化すると同時に、今度はその時間を短くすることで生産性を向上させていくのです。

では、研究開発分野に関して、同様に「生産性の向上」における理論を向けてみると、どうでしょう。
モノをつくる側からしてみれば、この取り組みに対して「創造的な活動においては、投入量を気にしてはいけない」と反論することでしょう。
しかし極端な話、日本の研究開発費全体の投入量に対するノーベル賞の個数は、他の国と比較して高いほうではありません。確かに研究開発の成果は上げていると思いますが、それ以上にコストもかけているのです。

マーケティングの世界の生産性は、どうでしょう。
たとえば、これまで展示会を行ってきたので、今年もなんとなく予算化して継続する。ところが集客をするも人が集まらない。そこでコンパニオンを派手にして人気を催すなど、去年と同じ行動を繰り返し続けていくだけのようです。しかも展示会で集まった名刺から価値ある名刺は何枚集められたか、必要な名刺1枚を集めるためにどれだけコストをかけたのかといった指標も算定しない。ネットで情報を収集するのが当たり前の時代、展示会と商品情報を満載したランディングページや情報サイトの作成に重きをおいた方が効率は良いにも関わらず、とりわけ大企業は未だに展示会神話にぞっこんのようです。

事務や文章作成など、スタッフ部門の仕事においても疑義が生じます。
ブラックとかホワイトとか時間の長さの議論はありますが、もし仮に時間の問題で議論されるのであれば、その仕事は基本的に「誰でも行える仕事」なので、時給そのものの概念を見直す作業と、その時給に対して平均的に生み出す価値が適正であるかの議論が必要になってくるのではないでしょうか。

ここで生産性に関して、次のような事例を考えてみましょう。
Aさんは1時間あたり5の仕事を行う。
Bさんは1時間あたり10の仕事をおこなう。
さて、どちらの社員が評価されるでしょうか。

当たり前ですが、正解はBさんです。しかし、生産性を無視すると、Aさんは10の仕事をBさんの2倍かけて行い、2倍の時間給をもらうことになるのです。
これが今、世の中で起きている「時間」と「仕事」の課題です。誰も「成果」に対して議論する動きは見られず、ここでも「投入」量のことばかりが議論され、成果に対しての話題がないことがわかります。

日本は総じて「成果に対して、どの程度の投入量をかけているか」の議論が、製造現場でしか試されてきませんでした。しかし生産性は本来、全ての領域で必要な指標なのです。
そのためには再度適切な仕事を定義することが大切です。社員1人1人の仕事の成果を規定して、それに対してどの程度のインプットを行っているかを、何らかの方法で規定するのです。すると社員1人1人が「自分の生産性をモノサシで測る」ことができるようになります。そこでは、他人と比較するもよし、過去の自分と比較するもよし。自ずと生産性を意識した仕事になってくるのです。

参考資料:2016年3月 向研会資料、2014年3月 イタリア産地の変容 日本貿易振興機構(ジェトロ)経済産業省「伝統的工芸品指定品目一覧」イタリアの地方分権の道程と産業クラスタの形成(小門裕幸)

profile

早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
株式会社エクステンド 取締役
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事

長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社の研究開発部門(R&D)にて産業用ネットワークの研究に従事。MBA取得後、海外マーケティング部にて同社主要製品の海外市場におけるブランド戦略・中期経営計画策定に参画。B2Bブランディングの先駆けとして後に知られるようになったVigilanceという力強いブランドキャンペーンを実施。退職後、株式会社ビズナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に中小企業の意思決定支援業務を行う。また成長戦略や撤退戦略の手法として中小企業にもM&Aの手法が重要になることを見越し小規模のM&Aに特化した株式会社ビザインを設立。更に、M&Aの普及活動とM&Aアドバイザーの育成を目的に一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立。現在は、売上規模数十億前後の成長意欲のある経営者と対話と通じた独自のコンサルティング手法を展開。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせ方向性を明確にすることを主な生業とする。
【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のエッセンス(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
【関連URL】
■戦略立案のビズ・ナビ&カンパニー
http://www.biznavi.co.jp

■中小企業のM&Aビザイン
http://www.bizign.jp

■日本M&Aアドバイザー協会
http://www.jma-a.org

■事業再生と廃業支援のエクステンド
http://www.extend-ma.co.jp