悪夢のように連鎖する困難を叡智で乗り越えて地球に帰還する映画『アポロ13号』。実話をもとに作られ、トム・ハンクスが名演した映画だ。カリフォルニアに住んでいた映画好きなリード・ヘイスティングス氏は、レンタルビデオ店で借りたこの映画の返却が期限に間に合わず、40ドルの延滞料金を支払った。そして、そんな残念な経験をきっかけにDVDを届けるサービス「Netflix」を1997年夏に創業した。

当時は、多くのレンタルビデオ店で借りたいDVDがレンタル中だった。特に人気のDVDはなかなか借りることが出来ず、何店舗か巡って大型店などでようやく見つけてもDVDを借りるために長いレジの列に並ばなくてはならない。それに混雑時には駐車場が満車だったり、借り入れや返却のために何度も店を訪れる必要がある。しかも、借りても都合で映画を見終わることが出来ないまま返却時期が迫ったり、返却が遅れたり忘れると法外な延滞料金を請求されることもあった。

Netflixは、そんな消費者の不満をインターネットで一挙に解消するためにつくられたのだ。創業当初は、30人の従業員がウェブサイトで受け付けたDVDをレンタルするサービスを展開した。1週間レンタルにつき4ドル、送料・手数料として2ドル、追加でレンタルする場合はさらに1ドルを支払う。インターネットを使ってはいるものの、今となってはとてもアナログな仕組みだ。

創業の2年後に、定額制のオンラインDVDレンタルサービス「マーキー・プログラム」を開始した。月額わずか15ドル(約1,670円)でDVDを本数制限なしにレンタルできるサービスだ。これは、近年一般化してきているサブスクリプションサービスの原型ともいえるサービスだった。このアイデアで、Netflixは急成長を遂げる。

サブスクリプションとは、日本語に訳すと定額制。期間を決め一定の金額を支払うことで使い放題に出来る。Amazonが展開する本が読み放題のサービスKindle unlimitedやPrime Video、Spotifyの定額音楽配信サービスなどが有名だが、Appleもニュースや音楽だけではなく、ゲームやビデオをサブスクリプションサービスで提供すると大々的に発表している。Netflixは、20年も前からそんなビジネスモデルを切り開いてきたわけだ。

そして、2007年にはインターネットのブロードバンド化に伴う高速化や定額化などを背景に、ストリーミング映像配信サービスを開始している。この戦略が功を奏し、ストリーミングサービスの契約者数は破竹の勢いで伸びた。今では契約者が世界で1億2500万人を超え、アメリカの全インターネット利用量の3分の1をNetflixのストリーミングサービスが占めているといわれている。特に近年はグローバルでの伸びが著しく、190ヵ国以上で配信事業を展開。巨大映画配給会社ワーナー・ブラザーズとFoxとケーブルテレビ放送局HBOの3社を合わせたよりも大きく、時価総額もディズニーを超えて動画配信サービス業界の世界最大手となった。

さらにNetflixは、映画のコンテンツを集めて配信するだけの企業から、自らユーザーのニーズを探って番組や映画を企画し、オリジナルのテレビドラマや映画を作る事業を展開。数多くのTVドラマをヒットさせユーザー数をさらに拡大。近年ではオリジナル映像がオスカーやカンヌ映画祭やグラミー賞やエミー賞他、世界各国の映画賞などでノミネートされたりアワードを獲得するなど躍進が続いている。

『WIRED』を創刊した時代の予言者ともいえるケビン・ケリー氏は、コンテンツはやがて無料で手に入るようになるが、逆にコピーできないコンテンツこそが価値のあるものとなると言っている。サブスクリプションサービスは有料ながらも契約すれば自由に得られるコンテンツだが、ストリーミングで配信されるために自由にコピーができない。特に、配信する各社のオリジナルコンテンツは、それぞれのサブスクリプションサービスでしか観ることが出来ない。まさにコピーできないコンテンツとして、配信する各企業の大きな魅力や資産となっているのだ。

映像は世界を一つにできると度々インタビューで応えているヘイスティングス氏は、無類の映画好きだ。CEO自ら映画のセレクトに関わり、特に一般公開されていないインディーズ映画のセレクションについて、映画評論家や映画マニアからも高い評価を受けているという。また、その経営手腕を買われてFacebookやMicrosoftの社外取締役としても活動した他、教育に関する慈善事業を展開するなど、アメリカではセレブリティとしての評価も高い。

現在のコンテンツ産業やエンターテインメント産業は新旧多くの企業が入り乱れている。前述のようにAmazonやApple、そしてYouTubeやhuluなどの映像配信企業、既存の映画配給会社や映像制作会社やテレビ局、そこに携帯プロバイダなどが加わり、映像配信サービスは混迷している。さらにゲームや音楽や本やニュースなどのコンテンツもサブスクリプションサービスを展開し、ユーザーの財布と時間を拘束している。ヘイスティングス氏が返却時期を逃したアポロ13号での悪夢のように着地もままならない状況だ。

Netflixも、オリジナルコンテンツ制作のために200億ドル(約2兆2000万円)以上もの長期負債を負っていると報じられ、さらにはディズニー関連の作品などがNetflixから撤退し、カンヌ映画祭などではNetflixやAmazonなどもストリーミングプロバイダの作品を賞から排除しようとしている。これらの窮地を乗り越える叡智を、映画好きのために立ち上がり、映像が世界を一つにできるというヘイスティングス氏は、すでに用意しているのだろう。

その着地先は、AIを使った個別のユーザーが満足できるCMなのか、5G配信によるリアルで美しく迫力満点の映像なのか、サブスクリプションに代わる新たなるビジネスモデルなのか、それとも世界を揺り動かすようなコンテンツなのか、映画産業の革新なのか。興味は尽きない。

■毎月更新されるこの連載では、今後時代がどう変化するのか、最先端の動向や技術を基盤に深く読み解ければと思う。

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佐藤豊彦(さとう とよひこ)
東京を拠点に企業やNPOなどのコンサルタントとして、マーケティングやブランディングやメディア戦略の提案などを手掛けている。オーナーとしてプロバスケットチーム・大分ヒートデビルズ(現・愛媛オレンジバイキングス)の立ち上げに関わったり、大分県立総合文化センター(現・iichiko総合文化センター)の企画制作などを担当するなど大分の仕事も多い。
イラストレーターとしてもSatoRichmanのペンネームで活動し、田中康夫氏や林真理子氏など多くのエッセイや小説などに作品を提供したほか、popeye他多くの雑誌や、UNICEF世界版カード、丸ビルのビジュアル、MasterCardのPricelessキャンペーン、氷結果汁やNEXCO東日本のTVCM、伊勢丹のディスプレイ、高島屋のカードキャンペーン、三越の広告などで活躍。また、クリエイティブディレクターとしてnikeやMAZDAやFORDや小学館などのWEBサイトのマーケティング戦略の提案、コンテンツの提案、全体のディレクションやコンテンツの制作やデザインを担当。
TBSからスタートしたポッドキャスト番組AppleCLIP(インターネットを使ったラジオ放送)の制作ディレクター兼パーソナリティを担当している。