歴代米国大統領で最もお騒がせなドナルド・トランプが「中国は知財泥棒だ!」と言うように、シリコンバレーでは知的財産の流出が続いている。

特に中国からアメリカに留学してITの先端企業に入った人材が、次々とそのノウハウを持ったまま中国企業に引き抜かれたり中国で起業している。さらに中国では「千人計画」という国家プロジェクトが世界規模で有能な人材確保を後押ししている。今やAIや5Gなどの技術発展も目覚ましく、アメリカの先端技術を圧倒する勢いなのだ。

韓国のサムソンも、AppleからiPhoneのアイデア盗用で訴訟された。7年越しの激しい論戦の応酬の後にようやく和解が成立したのだが、誰が見ても明らかなようにiPhoneのアイデアや形状を真似てアンドロイド携帯が作られており、それを基盤にして多くのメーカーでiPhoneにそっくりなスマートフォンが作られ続けてきた。

その経緯を少し解説する。
Googleの創立者サーベイ・ブリンとラリー・ペイジは、Appleの創業者スティーブ・ジョブズを崇拝していたといわれているが、この二人は大学院時代に会社を創業しており、その際に経営者として経験豊かなエリック・シュミットをCEOに迎え入れていた。実は、このエリック・シュミットは、2006年8月からAppleの社外取締役も兼ねており、ちょうど開発中だったiPhoneのアイデアをいち早く知ることができたのだ。そして、それまでは流行していたブラックベリーに似たボタン式のAndroid(アンドロイド携帯)が、突然iPhoneそっくりのタッチパネルによるインターフェイスに変更されて大々的に発表された。

Appleにエリック・シュミットを社外取締役として迎え入れた本人であるスティーブ・ジョブズは、この結末に大いに激怒した。Googleの経営者を社外取締役として迎えた最大の理由は、開発中のiPhoneにGoogleの検索エンジンやGoogle Mapを入れさせることだったのに。ここで起きたことは、かつて開発中のMacintoshの情報をソフトウエアの開発協力会社であったマイクロソフトのビル・ゲイツに盗まれ、Windowsが生まれた経緯とあまりに似ていたからだ。そしてサムソンはiPhoneの開発に大きく関わっており、開発協力会社として多くのノウハウを得ることができる状況だった。

こうして、世界はiPhoneとAndroidに大きく二分された。ヨーロッパなどではサムソンのスマホGalaxyの天下だ。そしてアジアには、シャオミなどのように外観も操作性もiPhone そっくりな製品を平然と大量生産している企業も未だまだ多い。

そんな泥沼のような見境のない状況の中に立つ、爽やかなエンジニアがいた。DJIの創業者でCEOのフランク・ワンだ。
彼は「中国人は、輸入品第一主義で、自国の製品を信じていない。そんな状況を変えたい」とインタビューで語っている。

彼は、香港科技大学に通っている学業優秀な大学生だった。ある日、父親から贈られたラジコンヘリを壊してしまった。 当時のラジコンヘリは空中でなかなか安定せず、操縦がとても難しかったのだ。

そこで、ラジコンヘリコプターを安定させるために電子式のフライトコントローラー(姿勢制御装置)を研究した。自身の卒論もフライトコントローラーだ。そして、研究成果であるフライトコントローラーを6,000ドル(約65万円)で販売したのを契機に、大学寮の一室で後に世界的な大企業へと羽ばたくDJIを立ち上げたのだ。

DJIの製品は、中国人自身が「自国の製品を信じていない」というコピーまがいの中国製品とは一味違う。中国どころか、世界のユーザーが認めているのだ。ファーウェイなどへの圧力同様、中国国家への情報漏えいなどが懸念され、中華製品への向かい風が大いに吹き荒れる中でも、各国の防衛や警察や防災や建造物の調査や空撮、そしてホビーユースなどのために世界各地でDJIの製品が購入されている。主力製品であるドローンにおいてのシェア率は、世界市場で70%を超えている。

2017年には、カメラのトップブランドであり1億万画素を誇るデジタルカメラを発売しているハッセルブラッドを買収しながら、ジャイロ技術を応用した超小型3軸ジンバル搭載カメラOsmo Pocketや、2019年6月にはRoboMaster S1というプログラム学習用に地上を走る教育用ロボットなどを矢継ぎ早に世界に向けて発売して好評を博している。

DJIは、自らの技術力と深圳という技術都市を背景に、ドローン界のAppleと言われるまで成長を続けて来た。製品の品質や革新性が高く、価格もそれなりに高額だ。高価でも、前述の通り多くの国やプロユーザーやハイアマチュアに信頼され支持されている。

もちろん、他のアジア系企業がシリコンバレーの優秀な人材を集めているように、DJIも世界中から多くのエリートエンジニアを集めている。ただ、それは単に他社のノウハウを盗むためではなく、DJIのオリジナルを創出するためなのだ。地上のインフラではまかない切れない物流や交通をドローンが捌く時代が、もうすぐそこに来ている。

かつてSONYや任天堂が世界に羽ばたいたように、日本からもこうした独自のエンジニアリングやアイデアで世界に飛び出す企業が次々に生まれて欲しいものだ。

■毎月更新されるこの連載では、今後時代がどう変化するのか、最先端の動向や技術を基盤に深く読み解ければと思う。

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佐藤豊彦(さとう とよひこ)
東京を拠点に企業やNPOなどのコンサルタントとして、マーケティングやブランディングやメディア戦略の提案などを手掛けている。オーナーとしてプロバスケットチーム・大分ヒートデビルズ(現・愛媛オレンジバイキングス)の立ち上げに関わったり、大分県立総合文化センター(現・iichiko総合文化センター)の企画制作などを担当するなど大分の仕事も多い。
イラストレーターとしてもSatoRichmanのペンネームで活動し、田中康夫氏や林真理子氏など多くのエッセイや小説などに作品を提供したほか、popeye他多くの雑誌や、UNICEF世界版カード、丸ビルのビジュアル、MasterCardのPricelessキャンペーン、氷結果汁やNEXCO東日本のTVCM、伊勢丹のディスプレイ、高島屋のカードキャンペーン、三越の広告などで活躍。また、クリエイティブディレクターとしてnikeやMAZDAやFORDや小学館などのWEBサイトのマーケティング戦略の提案、コンテンツの提案、全体のディレクションやコンテンツの制作やデザインを担当。
TBSからスタートしたポッドキャスト番組AppleCLIP(インターネットを使ったラジオ放送)の制作ディレクター兼パーソナリティを担当している。