以前、女性雑誌の編集者として働いていたとき、よく耳にしていたのが女性たちの身体の衰えである。

その雑誌は20代後半の女性向けの雑誌だったのだが、編集部の女性たちはもとより読者イベントや取材でお会いする女性の方々が20代半ばから、なにかしら身体の衰えを感じると異口同音におっしゃる。

それは、肌の張りだったり、疲れやすかったり、といった些細なことなんだが、確実に感じるそうだ。そして、30歳を過ぎたころにそれが実感に変わる。徹夜ができない、睡眠不足がそのまま顔に出る、偏頭痛が激しくなる……など。

しかしそれは女性だけの話ではない。女性は身体のつくりが男性よりナイーブな分、早くにそれを感じるだけなんだろう。自分の周りの男性の話を聞くと、男性も身体の衰えを感じているのだ。

かく言う私もそうだ。40歳を過ぎてから、2連続の徹夜ができなくなった。45歳を過ぎてから徹夜ができなくなった。個人差はあるにせよ、女性に比べれば体力が勝っている男性は衰えが発覚するのが10年ほど遅いように思える。

30代のときは、平気で1週間会社に寝泊まりして仕事をこなしていた。疲れ知らずである。しかし、アラフォーになって、身体の変化に気付き、そのころから「気力」で仕事をするのをやめた。気力ではなく「体力」で仕事をするようにしたのだ。

身体の不調に耳を傾け、異常を事前に察知する。それ以前に身体をいたわる。睡眠時間に気を配って、毎週のランニングは欠かさない。それが仕事の成果につながることをいま実感している。

数年前、日本のある有名デザイナーの話を、秘書でもあるご夫人から聞いた。彼女曰く、あるとき某大手IT企業から仕事の依頼があり、その起業家である経営者と打ち合わせをすることになった。

打ち合わせの場に行って、あいさつをするなり先方から「疲れてますねぇ。大丈夫ですか? それで」と言われたそうだ。たしかに前日は夜遅くまで仕事をしていて、ほんの数時間しか寝ていない。それを見抜かれたのだ。

そして矢継ぎ早に「そんなんでいい仕事できますか?」とたたみ掛けられた。そこからはしばらく、いい仕事をするのにいかに体力が必要か、睡眠が必要か、ということを篤く語られたそうだ。

そのデザイナーは、以来、健康管理も仕事の一部と考えて、必ずフィットネスジムへ行く時間をスケジュールの中に入れるようにしたという。いまもって第一線で注目される仕事をしているところをみると功を奏しているのであろう。

最近、CWOという役職が話題になった。CEO(最高経営責任者:Chief Executive Officer)でもなくCFO(最高財務責任者:Chief Financial Officer)でもなく、CWO。これは「Chief Wellness Officer」、つまり「最高健康責任者」である。

牛丼チェーンの吉野家など4社で共同して導入した制度だ。CWOを中心に「ウェルネス経営」を行なう。ウェルネス経営とは、経営の柱の一つとして従業員の健康を重視する経営方法だという。

まったくもって異存がない。

私自身、昔は「徹夜すれば、たとえ効率が落ちたとしても仕事は終わっている。それでいいじゃないか」と考えていた。しかしいまは違う。健康的な生活こそが仕事の成果を短時間で生み出すことができると確信できるのだ。

いまはすでに精神論ではなく「体力」で仕事をする時代。いい仕事をするためには健康的な生活が必要なのだ。年齢は関係ない。

若いうちから「健康管理も仕事の一部」と心に刻みたい。元気にいい仕事をこなすためにも、まずは発想を変えて行動することが重要だ。

profile

田代 真人 氏
(たしろ・まさと)

編集者・ジャーナリスト。(株)メディア・ナレッジ代表。駒沢女子大学、桜美林大学非常勤講師。1986年九州大学卒業後、朝日新聞社、学習研究社、ダイヤモンド社と活躍の場を変え、女性誌からビジネス誌まで幅広く取材・編集。著書に『電子書籍元年』(インプレスジャパン)、構成作に『もし小泉進次郎がフリードマンの『資本主義と自由』を読んだら』(日経BP社)がある。