東京には、方角の「西」がつく駅名が14か所存在します(「西武新宿」「西台」といった単に漢字の「西」が含まれる駅名は除く)。
今回の主役である「西荻窪」はじめ「西日暮里」「西馬込」「西大井」「西巣鴨」等が代表的ですが、どれもが「西」が付いていない“本家の駅”よりも、コンパクトながら魅力的なエリアとして人気が高いのが特徴です。

なかでも突出して人気が高いのが「西荻窪」です。
他の「西」グループと違って、ここだけは「西荻(にしおぎ)」の略称がほぼ正式名称となっています。前回ご紹介した「大塚」と同様に、東京のディープ&サブカルの聖地路線・中央線の中野~高円寺~阿佐ヶ谷を経由し、本家「荻窪」と本線の雄「吉祥寺」に挟まれた「西荻」は杉並区に位置し、ちょっとややこしい「西荻北」と「西荻南」合わせて人口約27,000人規模の小さなエリアで、#42「亀有」#43「大塚」とほぼ同じです。
その魅力は一言では語りきれませんが、ここで簡単に整理してみます。

[1]過去と現在がギリギリ共存する多幸感溢れる街
いわゆる創業数十年のガチな老舗店が立ち並ぶというより、比較的若い世代が古い店舗を引き継ぎ、リノベしたうえで切り盛りする店が多く、とにかく活気があります。映画の書割セット(撮影現場)のような、どこか虚実入り混じったイメージが中毒性を醸し出しています。
ちょっとだけ個人的おススメのお店を紹介します。
まずは『3313アナログ天国』(ミュージックバー)。元々は下北沢にありましたが、今年5月に西荻北の住宅街(駅より徒歩10分以上)に移転オープン。バーといっても閉店は22:30と健全で、フードは持込自由(コンビニでも隣のお蕎麦屋さんからの出前もOK)というユルいお店ですが、アナログ約1万枚を素晴らしいオーディオシステムで大音量&最高音質で聴く幸せを十分体験できます。
他の音楽系と比べると狭い店内ですが、ネオン管サインとミラーボールのおかげで、恥ずかし気もなく今流行りのシティポップに没入できる『BAR OPK』も悪くないです。
あまりに魅力的な店が多過ぎて、迷う楽しみ満載の飲食系は、迷うことなく『ハンサム食堂』。主にタイ料理を楽しめます。加えて昭和レトロ風シュウマイ居酒屋『シュウマイルンバ』もオススメです。他にも人気店は無数にありますが、この2つの店は美味しいのは言うまでも無く、とにかく接客が素晴らしいの一言です。特に蒸し器の蒸気が充満する厨房にプレーヤーを置き、シティポップを掛けながらシュウマイや生ビールをスムーズに提供するルンバのスタッフはアッパレ!

[2]大手不動産・鉄道系開発の匂いが無い個性の集合体
近年は大手ディベロッパーによる大規模な“金太郎飴再開発”が進み、TOKYOディストピア化・没個性化エリアが都内に異常増殖しています。しかし、西荻は「NISHI-OGI」化に抗って、何とか踏みとどまっていると思います。
ところでオタク&サブカルチャー路線の代表である中野駅界隈が中野サンプラザホール改修プロジェクトが白紙になり、荻窪駅界隈は長年検討されてきた大型再開発(ロータリー整備と駅直結マンション建設等)を実施し、時代の乗り遅れから脱却することに舵を切ったようです。さらに衝撃的だったのは、最近まで「住みたい街ナンバーワン」をキープしてきた吉祥寺から救急病院が消えるというニュースでした。
もちろん西荻~吉祥寺間の高架下再開発事業も進むらしく予断を許しませんが、大規模再開発の波に飲まれず「不確実な未来より“今”を楽しむ人たち」による等身大の街・西荻は、まさに東京ローカルのラビリンスな魅力がすべて詰まっています。

ちなみに西荻には多くの著名人・文化人が住んでいたり、訪れたりすることでも知られています。
たとえば70年代に西荻のカフェで原稿を書いていたと言われる村上春樹、自ら在住を公言するYOU(タレント)をはじめ、以前から目撃情報多数の小林聡美高橋源一郎坂口恭平川内倫子大貫妙子ハマ・オカモトクラムボン坪口昌恭ほか文化人、芸能人の皆さんが多数お住まいのようです(敬称略)。

profile

柴田廣次
しばた・ひろつぐ/1960年、福島県郡山市生まれ。筑波大学を卒業後、1983年株式会社パルコ入社。2004年〜2007年には大分パルコ店長を経験。2018年2月に独立し「Long Distance Love 合同会社」を設立。
■Long Distance Love合同会社
https://longdistancelove.jphttps://amzn.asia/d/dmwpJhH
■コラムインコラム
活字で妄想するグルメの楽しみ
最近よく考えるのが「スマホが無かった時、どうやって待ち合わせしたかなぁ」とか、「ネットが使えなくて、どうやってレストランを探してたかなぁ」とか、「輸入レコード専門店で知らないけど気になるアーティストのレコードって中身を確かめたり視聴せずにどうやって買ったのかなあ」とか、この「どうやって…」がとても気になって仕方がない年頃なんですね。
なかでも気の利いた居酒屋や町中華の隠れ名店とか、新進気鋭のシェフのレストラン等、ちょっと前までは「東京カレンダー」とか「dancyu」、マガジンハウス系雑誌で自ら積極的かつ無謀に情報収集し、お金を浪費してきたのに、やがて「ミシュランガイド」といった“権威”に助けを借りるようになり、さらに食べログの評価とかインスタ映えの画像等の素人情報に翻弄され、最近では胡散臭いグルメライターのリール動画をうっかり保存してしまうほどの体たらくぶり…。あくまで、私個人の話ではありますが。
そんな時に出会ったのが「東京名酒場問わず語り」。いわゆる和洋のお酒、おつまみ、アテ等に特化したグルメエッセイ本ですが、まるで落語か講談本を読んでいるかのような“べらんめえ口調”でまくしたてる文体は小気味よいを超えて、追いつくのが精一杯で、多少の疲労感を感じてしまったほど。ちなみに著者の奥祐介氏はチャキチャキの江戸っ子…かと思いきや、私と同郷の福島県生まれ。故・福田和也氏からも評価されていた奥氏の名酒場紹介の文章は、まるでTikTokのダンス動画や質の高い編集のリール動画を見てるような錯覚を起こすくらい映像的で音楽的です。
初出は2003~2015年季刊文芸誌「en-taxi」の連載を再編集したものなので、すでに閉店したお店も多々あり、2023年時点の情報もぬかりなく追記・加筆しています。
私が住んでいる浅草のお店も多数紹介されていますが、残念ながら2025年までに閉店したお店が増えています。美味しいお酒や料理の話だけでなく、お店を切り盛りする方々の様子や雰囲気、佇まいを、一切の写真や動画ナシで、ここまで想像力を膨らませてくれる彼の眼、舌に適うような名店が続々現れて止まないことを望みます。