錦糸町といえば、かつては「プチ歌舞伎町」「リトル新宿」等と呼ばれ、どちらかといえば治安(ガラ)の悪い、地元民コミュニティが強いエリアとして、観光客含めなかなか馴染みにくい街という印象がありました。
北口に広がる風俗エリア、南口の路地裏まで密集する飲み屋街等が並ぶ町並みは、どうしてもヤンチャで怪しげなイメージが先行・定着していたことは否めません。
変化の兆しが現れたのは、1997年に開業した「すみだトリフォニーホール」の存在が大きいと思われます。
小澤征爾指揮による定期演奏会でスタートした同ホールは、クラシック中心に音響設備の素晴らしさ等が評判を呼び「下町のサントリーホール」的ポジションを固めていきました。
とは言え、錦糸町エリアでは浮いた存在だったことも否めません。
しかし近年はプログラムの幅が大きく広がり、ジャズ・現代音楽・ワールドミュージックの世界的アーティストの公演が数多く開催されるようになりました。個人的に衝撃を受けたのはパティ・スミスとフィリップ・グラスのコラボレーション公演「THE POET SPEAKS~ギンズバーグへのオマージュ」という歴史的なコンサートが、2015年5月に開催されたことです。村上春樹が訳詞を担当したことも話題になり、知的好奇心高い系界隈で大評判になりました。
この公演が国内のお客様のみならず海外にも伝わって、通常であれば都内の有名なクラブ公演、例えばブルーノート東京等の5、6倍の規模でジャズのホール公演が実現、定例化するという、良い意味で想定外の事態が起こりました。パット・メセニー(g)やブラッド・メルドー( p) ほか世界的なジャズアーティストの1,800席に及ぶコンサートが即日完売することは、海外でも滅多にありません。東京、いや日本を代表するソフトパワーを持ったホールの存在が錦糸町という街の魅力・評判を大きく押し上げたことは間違いありません。
そして、もう一つの変化の要因が、2019年3月に開業した「錦糸町パルコ」のです。
すでに「PARCO_ya上野」が2017年11月に開業していたので、あまり驚きはありませんでしたが、やはり「錦糸町」×「PARCO」の組合せは関係各所、もちろん地元住民にとっても大きなサプライズとして受け止められたことは記憶に新しいです。
かつて地方のパルコ出店は「福岡や熊本より先に大分だった」的な「パルコあるある」エピソードに繋がりますが、上野や錦糸町の時はどちらかと言えば「え、何で?」と言った反応が多かったのも事実です。
詳細は避けますが、現状上野の場合は、百貨店の不振を支え、インバウンドや近隣エリアの美術館・文化施設来客者の受け皿となり、業績も安定しているようです。錦糸町の場合も錦糸町マルイテルミナ等の既存商業施設の老朽化にあって、「楽天地」という地元民に親しまれてきたエリアに新たな魅力を発信し、存在感をアピールできています。
さらに最近の錦糸町には若い世代による「銭湯リノベーション」ブームの先駆けとして黄金湯の存在も小さいながら光っていると思います。表参道交差点に位置する商業施設「ハラカド」にも高円寺の老舗銭湯「小杉湯」の2号店がテナント出店しました。
いづれも次世代によるポストサブカル的な動きとしてもとらえることも可能ですが、大企業や行政の文化施設と若い世代の取組みが連携することで、進化する「まちづくり」のための持続可能なプロジェクトとして機能することが重要だと思います。

最後に。
錦糸町は交通インフラが充実していますが(JR総武線・東京メトロ半蔵門線・都営バス他)、さらに地下鉄・有楽町線が2030年半ばに開業を目指しているなど、さまざまな再開発プロジェクトが進行中とのこと。
「KING OF TOKYOローカル」どころか東京を代表する人気エリアに変貌を遂げる日も遠くないかもしれません。

profile

柴田廣次
しばた・ひろつぐ/1960年、福島県郡山市生まれ。筑波大学を卒業後、1983年株式会社パルコ入社。2004年〜2007年には大分パルコ店長を経験。2018年2月に独立し「Long Distance Love 合同会社」を設立。
■Long Distance Love合同会社
https://longdistancelove.jp
■コラムインコラム
宇野常寛にハマる

約20年前に「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」という不思議なタイトルのビジネス書が大ベストセラーになったことを記憶している方も多いのではないでしょうか。当時は売れる本の特徴として、「 ①タイトルがユニーク(というか奇抜)」「 ②著名人が帯に推薦文を書く」の2つが大きく影響すると言われてきました。
読書離れや書店減少の歯止めがかからない現状ですが、とはいえ年間7万点以上の新刊が発行される中(2024年時点)、どうやったら読者の目に止まり、手に取ってもらえるか、買ってもらえるかには、いまだに①②が有効な気もします。最近筆者が「宇野常寛」関連書籍にハマっているのも、まさにその法則にまんまと引っ掛かったからです。
はじまりは「庭の話」から(#42で紹介済み)。宇野氏の膨大な知識と半ば強引な論理展開に苦労しながらも、購入のきっかけとなったミステリアスなタイトル「庭」の話がどう説明されていくのか、どんな結論が待っているのかを突き止めたくて、約2か月掛けて読破しました。
そして今回推薦の宇野本は「ラーメンと瞑想」。ズルいタイトルですよね。著名人による帯コメントは無いものの、 ジャケ買いならぬタイトル買い、amazonで予約してまで買い急ぎました。これは3日程度で読了しましたが、驚いたのはラーメン屋以外にも定食屋、とんかつ屋、回転寿司、立ち食い蕎麦屋等幅広いグルメの食レポの描写力の素晴らしさ。例えるなら伝説のグルメ漫画ユニット・泉昌之の「かっこいいスキヤキ」シリーズを彷彿とさせるスリリングかつ唯一無二のグルメ世界観が見事に表現されているエッセイです。
そしてさらに驚いたのは、あの「庭の話」と主張の根幹が同じなこと。これには参りました。しっかりハマりました。推薦して言うのもなんですが、大変苦行を強いる読書体験になることを覚悟の上「庭の話」→「ラーメンと瞑想」を続けて読んで下さい。
ちなみに筆者はこの後「水曜日は働かない」を遡って読みました。