「第31回 DXとマネジメント #1」からの続き

第32回 DXとマネジメント #2

■意外と知られていない「2025年の崖」問題に迫る
「2025年の崖」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
ご存知の方はIT業界に従事しているか、その手の書籍を普段から良く読まれている方でしょう。

「2025年の崖」とは、企業で使用されていた従来の基幹システムが寿命を迎え、新しいシステムへの投資準備が活性化される時期を指します。
システム更新だけの話であれば「崖」なるキーワードは不要ですが、この更新に関して複数の課題があるのです。

デジタル化が急速に進み、企業経営者の皆がITリテラシーを備えているわけではありません。ITリテラシーが高い企業経営者は、DX対応に対しても顧客体験を最大化する観点から時間をかけて戦略をシフトしています。しかし、問題はITリテラシーが低い経営者が多数存在していることにありました。

ITリテラシーが低いマネジメントが切り盛りする企業の多くは、DX移行の準備どころか、極端なケースでは旧来の業務システムなどのメンテナンスもシステムを導入してそのまま放置している状況です。小さな企業であれば問題ないのですが、従業員が数百名以上いる企業では実際にIT周りを担当する責任者や従事者が少なく、仮に居たとしても何かの業務と兼任で中途半端なまま運営や企画を行ってきました。

当然、現場からは先任者を置く必要性や専門の部署を設立する要望が出ていますが、リテラシーが低いゆえに自社にIT部門など置かなくても良いなど、将来を見通せない判断のせいで常に問題を先送りしていたのです。
また、経営者がITの重要性を理解していないため、採用活動や教育などに投資をするはずもありません。新卒採用を行っている企業でも、従来通りの偏差値一辺倒、ブランド大学一辺倒の新卒ばかりをありがたがって採用し、ITや工学や数学が出来る技術者の調達などを全く行わないままで過ごしがちです。

その結果、20205年前後には、DX移行に乗り遅れることが確実に見通せる状況になっているのです。
経済産業省が出しているレポートの試算によれば、その影響における経済損失は12兆円にのぼるという試算があるほどです。

■「クラウド方式」と「オンプレミス方式」
移行の話だけだったらまだ良いのですが、「2025年の崖」のもう一つの側面が社内システムのサポート切れです。サポートが切れることでどうなるかといえば、最悪の状況では、そのシステムそのものが使い物にならない可能性があることです。

従来の社内システムは、現在主流となっている「クラウド方式」ではなく、独自に構築して独自のサーバーを設置して企業で管理する「オンプレミス方式」が標準でした。そのため多くの企業は、資産としてサーバーやIT機器を購入して運用しています。
しかし2025年頃を皮切りに、従来導入されていた機器の寿命が到来する問題が起きてくるのです。

ITに疎い経営者だったら、「ちょっとくらい機器の寿命が来たからといって、機械が急に壊れるわけではないから問題ないじゃないか」と思うでしょうが、メーカーはサポートを一気に終了するようになるでしょう。するとセキュリティの懸念が発生し、場合によっては取引先の大手企業からはその脆弱性故に「要注意先」としてマークされ、他の取引先に切り替えられる可能性も発生してしまいます。
そういうことであれば、「その仕組みを更新して問題ない状況にすると良いじゃないか」との声が聞こえてきそうですが、そう簡単に解決できないのがオンプレミス方式を採用してきたならではの弊害があるのです。

日本のIT企業は「顧客満足」というスローガンのもとに真摯に現場の声を聞き入れ、企業独自にカスタマイズされた仕組みを構築し、現場に提供するという作業を当たり前のように行ってきました。
しかしシステムに何か問題が起きれば、企業独自のプログラムのため遠隔操作等による標準的な作業で解消できず、その都度担当者がメーカーに出向いてプログラムを修正することで対応してきました。

大きな企業や組織であれば常駐の専任エンジニアがシステム運用そのものを丸ごと請け負ってきましたが、オーダーの度に独自設計と運用を重ねてきたため、全体の設計や方針などを把握した人材が不在となるケースが発生しているのです。仮に居たとしても断片的な理解に留まってしまい、複雑かつ困難にブラックボックス化しているシステムの対応は、単なるデータ移行でさえも躊躇してしまうエンジニアがほとんどでしょう。

これに追い打ちをかけるのが、IT機器のサポート切れです。
ベンダーとしては「これでようやくリスクたっぷりの状況から解放され、新しい担当会社に引き継ぎができる」と思うのが本音でしょう。しかし当時の仕様を把握する古参社員も徐々にリタイアしており、曖昧な引き継ぎになってしまう可能性も大きいと思われます。仮に新規のIT人材を採用したとしても、旧来のプログラミング言語で構築されたシステム、いわゆる「レガシーシステム」の対応等は不可能であり、まさに踏んだり蹴ったりの状況です。

仮にクラウドシステムに乗せ換えることが出来たとしても、今後はネットワークに接続された状態になるので、従来以上にサイバーセキュリティ対策の強化が必要になってきます。
このような高度なスキルを持ったITエンジニアは、既に企業間で取り合いが発生しています。エンジニア自身も、今ごろになってアタフタしているような感度の鈍い企業は、見向きもしないことが予測できます。

このような「2025年の崖」によって影響を受ける企業は中小企業や個人事業主も含まれ、さらには現場で働く従業員の働き方、そして顧客にもその影響が及ぶとされています。
なにしろ2025年に差し掛かる頃に20年以上稼働し続けているレガシーシステムは国内全体の6割に達すると予測されています。とりわけ創業が浅い企業よりも、長年にわたってレガシーシステムを使用してきた古参企業のほうが強く影響を受けると指摘されています。

技術、戦略、組織、そしてITリテラシーの問題などが複雑に絡み合う「2025年の崖」。
DX推進に向け、早期の経営判断が求められます。

「第33回 DXとマネジメント #3」へ続く

profile

早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
Parris daCosta Hayashima k.k. Director & Co-founder

長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社の研究開発部門(R&D)にて産業用ネットワークの研究に従事。MBA取得後、海外マーケティング部にて同社主要製品の海外市場におけるブランド戦略・中期経営計画策定に参画。B2Bブランディングの先駆けとして後に知られるようになったVigilanceという力強いブランドキャンペーンを実施。退職後、株式会社ビズナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に中小企業の意思決定支援業務を行う。また成長戦略や撤退戦略の手法として中小企業にもM&Aの手法が重要になることを見越し小規模のM&Aに特化した株式会社ビザインを設立。更に、M&Aの普及活動とM&Aアドバイザーの育成を目的に一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立。近年、アナログの世界に傾倒すること、価値を見直すことをテーマに、自ら高級スイス時計のブランドであるパリス・ダコスタ・ハヤシマを設立する現在は、売上規模数十億前後の成長意欲のある経営者と対話と通じた独自のコンサルティング手法を展開。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせ方向性を明確にすることを主な生業とする。
【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のエッセンス(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
実践『ジョブ理論』(総合法令出版)
この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント(中央経済社)
【関連URL】
■YouTube「早嶋聡史のチャンネル」
https://www.youtube.com/user/satoshihayashima/videos
■早嶋聡史の戦略立案コンサルティング
http://www.biznavi.co.jp/consulting/strategy_planning

■早嶋聡史の事業実践塾
http://www.biznavi.co.jp/businessschool

■中小企業のM&Aビザイン
http://www.bizign.jp
■月々1万円で学ぶ未来社長塾
http://www.mirai-boss.com/
■独・英・日の時計好きが高じて立ち上げたスイス時計ブランド
https://www.parris-dacosta-hayashima.com/