[第51回 中小M&Aの実態

【問い】
中小企業界隈でも「M&A」というワードを頻繁に聞くようになりました。実際のところ、10年程度前と比較して、昨今のM&Aはどのような変化があるでしょうか?

【方向性】
M&Aは大企業が行使するオプションから、中小企業でも活用できる手法として浸透しています。とは言っても、まだ国内では年間で4,000件程度の取引しかされていません。活用する際は概略を理解し、自分たちで動きながら取り組むことが大切です。

【解説】
近年実現しているM&Aの傾向
筆者が初めてM&Aの実務経験をしてから、既に10年以上が経過しています。その間、国内におけるM&A環境も大きく変化しました。特にインターネットで売買案件を紹介するプラットフォームの出現、国が運営する事業引継ぎ支援センターなどの存在感が増し、M&Aの成約件数は堅調に増加しています。中小企業でも開業の選択肢や出口戦略として、M&Aが身近になっているのではないでしょうか。

ただしM&Aは単純ではなく、一定のリスクを負う取引です。経営者であれば理解しやすいと思いますが、自社のスタッフや従業員が、会社の方針に沿い、期待する成果を出すことは、実は大変な取り組みなのです。ところがM&Aは、これまで縁もゆかりもない仲間と一緒に仕事をすることになります。これだけでもM&Aの大変さを理解できると思います。

一方、M&Aは企業にとって戦略実現の選択肢です。その特性を理解し、有効活用することで効果も期待できます。そのため投資銀行やM&A業界で活躍するM&Aアドバイザーの仕事も、近年成長事業になっています。
M&Aアドバイザーには様々なタイプが存在しますが、同じように見えて個々タイプが異なります。また取引金額の大小、取り扱う業界、主活動するエリアなど、M&Aアドバイザーにも得手不得手があります。「個人M&A」と呼ばれる非常に取引金額が小さなM&Aでは、M&Aアドバイザーを活用しないこともあります。

今後、経営を続ける中でM&Aの可能性がある場合、その全体像を知る必要はあるでしょう。
その際、実務の細かい部分は専門家に任せ、相談にのってもらいます。ただし、自分が何を相談しようとして、どれを自分で判断するかの意思決定をするは、全体像や概略は抑えておくべきです。
何事も専門家や業者丸投げでは、上手くいくはずがないのです。

■M&Aにおける国の対応
経済産業省、中小企業庁が中心となり、国は中小M&Aに対して取組を強化しています。
2020年3月31日には「中小M&Aガイドライン」を発表し、M&Aを進める際の注意事項や事例を公開しています。M&Aの浸透を歓迎しつつ、トラブルも多発していることから、同時に注意喚起も行っている状況です。「中小M&Aガイドライン」には重要な事柄が数多く記載されています。今後M&Aをお考えの方々は参考にされると良いと思います。

さらに2021年4月30日には「中小M&A推進計画」が発表されています。そこでは、事業引継支援センターとM&A支援機関の連携強化、自主規制団体の設立、M&A支援業者の登録制などの取り組みが記載されています。同8月24日にはM&A支援業者の登録が開始されました。

これら一連の背景には、M&Aの急激な盛り上がりと共に、経験が少ない稚拙なM&Aアドバイザーの増加が考えられます。仲介業務の妥当性、M&Aアドバイザーとの専任契約などもトラブルの原因になっています。これらはM&Aアドバイザーだけの問題ではなく、M&Aを実行する売り手や買い手の当事者も勉強不足のため、理解せずに契約を締結している側面もあるのです。

当事者に取ってM&Aは、非常に重要な戦略を実現する選択肢です。その際に、何も勉強しないで取り組むことは、少し考えてもリスクが高いですね。
M&Aには弁護士法や宅建業法などのように、国が特定の業種について定める法律、いわゆる業法が存在しません。誰でも知ることができる明確なルールが無いのです。
だからこそ当事者はM&Aに関係する最低限の知識は自ら習得しておくべきなのです。

■M&A当事者が動く必要性は
新型コロナウイルスの影響を受け、M&Aの成約件数は増加しています。それでも、前述したように年間に約4,000件程度です。企業の数が300〜400万社あることを考えると、実は圧倒的に少ないことが分かります。
そのため、M&Aをする際に事例を探そうとしても、売却案件が少ないことがわかるでしょう。仲介業者やM&Aマッチングサイトを頼っても、そもそもの母数が少ないのです。

そのような状況で、買い手としてM&Aを上手に活用している企業は、常に自社で動き、自社で買収し、業務提携も活用しています。
M&Aは短期的な取組ではなく、戦略を実現する取組として、常に議論を交わしながらノウハウを蓄積しているのです。

金融機関や仲介業者からの持ち込み案件に頼るだけでは、成功率が少ないことは想像できます。仮に良い案件があっても、日頃から条件整理をしておかなければ意思決定ができません
また持ち込み案件の場合、買い手のM&Aアドバイザーは複数社へ同じ案件を紹介しています。良い案件の意思決定に時間をかけられると他社が交渉を始めてしまうため、せっかくのチャンスを逃してしまうからです。
何事も他人に任せではなく、必要に応じて常に準備をしている企業が成果を出すのです。

■M&Aマッチングサイトとは
売り手と買い手をインターネット上でマッチングするサイトが増えています。
現時点で評判の高い大手マッチングサイトは、以下の3サイトといわれています。

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トランビ
[特 徴]中小企業に特化・売り手から買い手に直接打診可能
[留意点]基本的に全ての手続きと交渉を自身で行う
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バトンズ
[特 徴]中小企業に特化・上場企業が運営
[留意点]別途有償で専門家のサポートを受ける必要有り
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M&Aサクシード(旧ビズリーチサクシード)
[特 徴]買収意欲が高い買い手と出会う可能性が高い
[留意点]売り手と買い手は登録制(審査有)
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「この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント」
中央経済社(大原達朗 、松原良太 、 早嶋聡史著)
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 編集より

注意すべき点は、マッチングだけがM&Aではないことです。M&Aアドバイザーを介せず売り手と買い手が直接交渉することでコスト等安くなりそうですが、その分トラブルになる事例も多発しています。

マッチングサイトのメリットは売り手にあります
売り案件を掲載すると、売り手やM&Aアドバイザーが想定していなかった企業から問い合わせがあるからです。そのため買い手からのリーチも広がり、成約する確率が高まるというメリットがあります。
買い手にとってもM&Aアドバイザー経由以外に、定期的にマッチングサイトから情報を得ることができ有用な手段となっています。

■コツは業務提携から
年間4,000件程度のM&Aの成約の内、およそ半数は支配権の異動が無いM&Aです。つまり株式を引き受けているものの、議決権の50%を超える株式を確保していないのです。
大手でM&Aを積極的に行う企業は、まずは少数株主として資本関係を構築し、実務を行いながら信頼関係を探ります。そして双方にとってメリットがあれば、次の段階に進むという段取りが通常なのです。

そもそもM&Aは手段です。戦略的な目的があり、自社だけで出来ない場合、戦術として検討します。そのためM&A自体はさほど重要ではなく、相手の企業と一緒になることで目的達成することが重要です。
冷静に考えると業務提携をスタートに検討することは理にかなっていますね。

なお、大分みらい信用金庫でも事業承継等に伴うM&Aの相談を積極的に受け付けているとのことです。M&Aをお考えの方は店舗を通じて相談してみてはいかがでしょう。

profile

早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
Parris daCosta Hayashima k.k. Director & Co-founder

長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社の研究開発部門(R&D)にて産業用ネットワークの研究に従事。MBA取得後、海外マーケティング部にて同社主要製品の海外市場におけるブランド戦略・中期経営計画策定に参画。B2Bブランディングの先駆けとして後に知られるようになったVigilanceという力強いブランドキャンペーンを実施。退職後、株式会社ビズナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に中小企業の意思決定支援業務を行う。また成長戦略や撤退戦略の手法として中小企業にもM&Aの手法が重要になることを見越し小規模のM&Aに特化した株式会社ビザインを設立。更に、M&Aの普及活動とM&Aアドバイザーの育成を目的に一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立。近年、アナログの世界に傾倒すること、価値を見直すことをテーマに、自ら高級スイス時計のブランドであるパリス・ダコスタ・ハヤシマを設立する現在は、売上規模数十億前後の成長意欲のある経営者と対話と通じた独自のコンサルティング手法を展開。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせ方向性を明確にすることを主な生業とする。
【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のエッセンス(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
実践『ジョブ理論』(総合法令出版)
この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント(中央経済社)
【関連URL】
■YouTube「早嶋聡史のチャンネル」
https://www.youtube.com/user/satoshihayashima/videos
■早嶋聡史の戦略立案コンサルティング
http://www.biznavi.co.jp/consulting/strategy_planning

■早嶋聡史の事業実践塾
http://www.biznavi.co.jp/businessschool

■中小企業のM&Aビザイン
http://www.bizign.jp
■月々1万円で学ぶ未来社長塾
http://www.mirai-boss.com/
■独・英・日の時計好きが高じて立ち上げたスイス時計ブランド
https://www.parris-dacosta-hayashima.com/