[第56回 「プランB」と「悪魔の代弁者」]

【問い】
組織的に意思決定した取り組みを修正せず、ひたすら続ける傾向が観察されます。特に日本の大きな組織にはその傾向が顕著にみられます。その際、「プランB」の存在と活用が肝になるのですが、「プランB」があっても活用されません。それは一体なぜなのでしょうか。

【方向性】
プランAをまっしぐらに突き進む組織は「思い込みによって、組織的に議論できない空気をつくり上げます。そこで悪魔の代弁者」などを活用して議論を誘発する取り組みが注目されています。

【解説】
■幻の「プランB」
対案や代替案をまとめて「プランB」と呼ぶことにしましょう。
対する「プランA」を立案して突き進むにも、何らかの因果で頓挫する、若しくはその可能性が高くなってきたとします。その際は「プランB」に切り替え、「あとはよろしくね」となれば歯切れは良いのですが、世の中、そうは問屋が卸しません。
概念としては誰もが理解していることなのに、現実の世界では議論さえされず、準備があっても行使されないのが「プランB」なのです。

2019年12月、武漢から広がった新型コロナウイルス感染症こと「covit-19」。あろうことか、これが世界的なパンデミックに発展しました。
日本では、2020年のダイアモンド・プリンセス号の寄港以来、入国制限などの水際対策と飲食店やサービス業を中心とした移動制限を軸にコロナ対策が始まりました。他国と違い、コロナとの戦いは多少の試行錯誤は観察できたのですが、日本の本方針は変わらず「プランA」のままでした。
ところがその間、他国では数々の事例や研究者の見解などがどんどんアップデートされ、そこから「プランA(当初の計画)」を放棄。「コロナとの共生」といった施策等を打ち出して「プランB」に切り替えていく報道も相次ぎました。

間違いなく日本政府のシナリオにも「プランB」は存在したでしょう。霞が関の官僚は頭脳明晰で優秀な人材が揃っており、戦略立案のセオリーとして代替案が存在しないこと自体が考えにくいのです。
しかし我が国の大組織では、仮に「プランB」が存在していたとしても、議論さえしませんでした。一度決めたことを何となく突き進む傾向があるからです。

■議論されない「プランB」
名著「失敗の本質―日本軍の組織論的研究」(中央公論新社)では、ノモンハン事件、太平洋戦争、第二次世界大戦前後の日本軍の敗戦原因が研究され、歴史研究と組織論を組み合わせた取り組みを検証しています。
当初から大東亜戦争は、客観的に見て「勝てない戦争」という認識が一般的でした。しかし「良い勝ち方」「都合の良い負け方」があることを前提に各作戦が遂行され、結果的に敗戦濃厚の状況が続きます。
本書では、当時の日本軍について、以下の点が不足していたと結論づけています。
「環境に適応して判断すること」
「官僚的で属人的なネットワークを廃し、学びながら意思決定をすること」
「自己革新と軍事的な合理性の追求が出来なかった」

作家の山元七平は著書「空気の研究」(文藝春秋)で、「プランA」から「プランB」に変更するタイミングにおいて、「ことの良し悪しの議論すらはばかられる」と、「空気」の存在を指摘しています。
会議中、どうも発言しにくい雰囲気があり、ずるずるとハマり込む。「空気」は各人の意識の集合体で実体がありません。にもかかわらず、あたかも実体を持つかのように会議やプロジェクトを支配して、結果的に「プランA」を選択し、強気に暴走をはじめるのです。

集団思考」という言葉があります。これは集団で合議する際に不合理、危険な意思決定が容認される、組織的なバイアスを孕んでいます。
米国の心理学者、アーヴィング・ジャニスは、真珠湾攻撃、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ピッグス湾事件、ウォーターゲート事件などの記録調査から、誤った政策決定につながる集団思考の心理傾向をモデル化しました。その内容は、団結力がある集団が構造的な組織上の欠陥を抱え、刺激が多い状況に置かれた時に集団思考に陥りやすいと説明しています。

■「プランB」を阻害する要因とは
ここまでを整理すると、プランBが発動されない阻害要因は「思い込み」といえます。
組織に縛られているという「組織バイアス」に気づかぬまま、思い込みで個人や組織の行動を抑制しているのです。少し詳しく、以下で説明しましょう。

〈組織バイアス〉
組織の大小に関係なく、複数の人間が集まると「縛り」ができます。
ドイツの哲学者、イマヌエル・カントは自らの意思によらず、他からの命令や強制による行動を「他律的行動」と呼びました。
「プランAはトップが決めたから」とボトムは思うかもしれません。
「内心ではプランBが良いと思っても、俺が決めたことだから」とトップは思うかもしれません。
相互に「他律的行動」が重なり、組織ぐるみの非合理的な土壌が耕されてしまうのです。

〈アンコンシャス・バイアス〉
人間は、ものの見方や捉え方、歪み、偏りなどを無意識に形成し、何かの判断をします。これが「アンコンシャス・バイアス」です。過去の経験、知識、価値観、信念などが重なり、認知や判断のメカニズムが構築されるのです。
これは普段の言動や行動にも表れ、自分でも意識しづらく、歪みや偏りがあることに気が付きません。たとえ危機的状況でも、「私は大丈夫」と思い込み、都合の悪い情報を無視して過小評価します。「これまで通りに継続することが素晴らしい」として、新たな一歩を踏み出しません。たとえ今の立場に固執して損失が増大することが分かっていたとしても、引くに引けない状況なのです。
組織のトップは、「全てにおいて優れている」と勘違いしやすいものです。自分を正当化する情報を意図的に集め、反証を完全に無視するからです。
とにかく書き出せばキリがないほど、私たちは思い込みに侵されているのです。

■解決策の方向性
カトリックにおける列聖や列福の審議では、あえて候補者の欠点を指摘する役割がいます。
彼らは「悪魔の代弁者」と呼ばれています。
指摘された欠点を聖職者が論破するプロセスを繰り返し、客観的かつ公平に候補者が選ばれるのです。

ここから派生して、ある主張の妥当性を明かすため、あえて批判や反論を主張させ、意図的に組織の中で「悪魔の代弁者」的な役割として活用する取り組みが注目されています。
「プランB」の議論と行使の吟味も、彼らに委ねられるのです。

政治学者のジョン・スチュアート・ミルも著書「自由論」(光文社)の中で、健全な社会の実現に向けて「反論の自由」の重要性を述べています。
「ある意見が、いかなる反論によっても論破されなかったがゆえに正しいと想定される場合と、そもそも論破を許されないためにあらかじめ正しいと想定されている場合とのあいだには、きわめて大きな隔たりがある」
つまり反駁、反証する自由があれば、組織の行動の指針として正しいとされる条件になるのです。

米軍は2000年代に入り、シリア空爆などの重要テーマがある場合、期間限定でレッドチームを招集しました。
実はレッドチームこそ「悪魔の代弁者」で、必ず期間限定で招集されます。組織の意思決定に対して内部のしがらみがなく、内部の情報を知るのが「悪魔の代弁者」の条件です。チームは、外の目と内の目の両方の視点が必要なのです。
レッドチームが招集されると、組織のトップ直属に配置されます。周囲からの威厳を保ち、縦割りの弊害をなくすためです。活動目的は、あくまでもトップの意思決定の情報収集であり、チームは意思決定をしません。問題の指摘はしますが、戦略を決める権限を持たせていません。
組織における「悪魔の代弁者」の活用、レッドチームの事例は参考になると思われます。

ミッションの追求に向けて組織を動かすトップは、今後も激しい環境変化の中、意思決定を続ける必要があります。一方で、その意思決定に対しても状況に応じて柔軟に立ち回ることが大切です。
戦略を決める際、「プランA」に対して常に「プランB」を持ち、変化に即応して計画を変更する発想は重要です。ところが多くの組織では、「思い込み」によって「プランA」を継続する過ちが観察されます。
トップはその事実を理解して、「自分たちは大丈夫」と思わずに、常に過ちがあることを前提に動くことが肝要です。

参考:尾崎弘之氏著「プランBの教科書」(集英社インターナショナル)を参考に筆者で加筆

profile

早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
Parris daCosta Hayashima k.k. Director & Co-founder

長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社においてR&D(研究開発部門)、海外マーケティングを経験後、株式会社ビズ・ナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に事業会社の意思決定支援を行う。成長戦略や出口戦略の手法として中小企業にもM&Aが重要になることを見越し、小規模M&Aに特化した株式会社ビザインを設立、パートナーに就任。M&Aの普及とアドバイザーの育成を目的に、一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立し、理事に就任。その他、時計ブランド「Parris daCosta Hayashima」の共同創設者でもある。また、陶芸アニメ「やくならマグカップも」のスピンオフアニメ「ロクローの大ぼうけん」の製作配信事業の取締役を行う。現在は、成長意欲のある経営者と対話を通じた独自のコンサルティング手法を展開し、事業会社の新規事業の開発と実現を資本政策を活用して支援する。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせることを主な生業とする。

【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のセオリー(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
実践『ジョブ理論』(総合法令出版)
この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント(中央経済社)
新著「大事なことはシンプルに考える コンサルの思考技術」(総合法令出版)2023年9月12日発行予定
【関連URL】
■YouTube「早嶋聡史のチャンネル」
https://www.youtube.com/user/satoshihayashima/videos
■早嶋聡史の戦略立案コンサルティング
http://www.biznavi.co.jp/consulting/strategy_planning

■早嶋聡史の事業実践塾
http://www.biznavi.co.jp/businessschool

■中小企業のM&Aビザイン
http://www.bizign.jp
■月々1万円で学ぶ未来社長塾
http://www.mirai-boss.com/
■独・英・日の時計好きが高じて立ち上げたスイス時計ブランド
https://www.parris-dacosta-hayashima.com/