[第58回 ストックオプション]

【問い】
ベンチャー企業ではストックオプションという言葉を聞きます。一体、ストックオプションはどのような仕組みで、ベンチャー企業はどのように活用しているのでしょうか?

【方向性】
ストックオプションは「将来、事前に決めた一定の条件で株式を購入できる権利」です。「将来の可能性」のみで信用やキャッシュフローが乏しいベンチャー企業が有能な人材を獲得して、つなぎとめるための仕組みとして活用されます。実際、日本では言葉のみ知っている人は多くても、内容を理解している人は少ないようです。

【解説】
■ストックオプションとは
ストックオプションとは、企業の役員や従業員、時には取引先や外部のアドバイザーなどに対して「将来、事前に決めた一定の条件で株式を購入できる権利」を与える仕組みです。
ストックオプションを付与された人は、一定の条件で株式を購入出来る権利を将来的に得ているので、企業価値を上げる努力にインセンティブが働きます。企業価値が上がれば株価が上がり、結果的に金銭的なメリットを得ることができるからです。

ストックオプションは成熟した企業よりもベンチャー企業でよく用いられます。
その企業の利害関係者が一緒になって企業価値をあげるインセンティブにつながるため、全員の方向性が一致するためです。
ベンチャー企業には、創業の時点で潤沢なキャッシュフローがありません。それでも将来の可能性に投じて有能な人材と仕事をするためには資金が必要です。将来のキャッシュフローを期待して企業価値を上げる取り組みに賛同した仲間は、ストックオプションを得ることで利害が一致し、ベンチャー企業としては金銭的なリスクを創業時に低減することができるのです。

ストックオプションは権利です。
もし株価が将来下がり、ストックオプションを行使したとします。その場合、高いお金で安い株を買うことになるので損します。その場合は行使しなければ良いのです。
ストックオプションは義務ではないこともポイントです。

未公開企業のベンチャーが発行するストックオプションは、通常は譲渡制限があるため譲渡できません。
ストックオプションは基本的にベンチャー企業から従業員等に無償で付与されます。ベンチャー企業は一般的に資金力が乏しく、人材も揃っていません。しかし成熟した企業や大企業よりも玉虫色に将来が化ける可能性があります。
ストックオプションはそれをベンチャー企業の推進力に変える仕組みなのです。

ベンチャー企業も成功の鍵は「人」です。
しかし小さい企業には人材が集まらない。人材がいれば理想のビジネスモデルを構築し、潤沢なキャッシュフローを生むことができる。そして企業価値が上がる。
このパラドックスを常に合わせ待つのがベンチャーです。

大企業の安定ではなく、自分達の努力とコミット具合で将来を変える、社会に変革を起こすことが出来る。そのような将来の可能性を見出す人材を集める仕組みとして、ストックオプションは魅力的です。
一方で、ベンチャーが起動に乗り、一定のキャッシュフローを生み出す仕組みが出来た頃は、自社でキャッシュを稼ぎ、信用も確立できているので、良い人材獲得もやりやすくなります。
ストックオプションは、創業期と安定期で異なる人材を集める仕組みとしても活用しやすいのです。

基本的な仕組み
ストックオプションで、1株をいくらで購入できるかの価格を行使価格と言います。
たとえば、行使価格を5万円とします。将来、株価が5万円よりも安い場合は、ストックオプションを行使しても得られる利益はゼロになります。ただし、ストックオプションはタダで受領しているため損しません。
ストックオプションは権利であり、損する場合は行使しなければ良いのです。
一方、株価が行使価格の5万円よりも高くなれば、その差額が利益です。つまり株価が20万円になれば15万円が利益になり、500万円になれば495万円が利益になるのです。

設立時のベンチャー企業は企業価値も低く、行使価格も低いのが一般的です。
しかし既にベンチャーキャピタル等からファイナンスを受けて企業価値がある程度上がっている場合、行使価格は高くなるのが常です。そのため創業時に近い時期にストックオプションを得ることで、利益を最大化するチャンスが高まります。
かたや将来が不確定なため、権利を行使しても利益を得られない可能性もあります。

クリフとべスティング
ベンチャー企業がストックオプションを配布する目的は、「良い人材を獲得する」、「将来の成功にかけてしばらくの期間、一緒に頑張ってもらう」など、人にかかわる部分が大きいものです。
そのため「ストックオプションをもらってすぐに行使できる」という設計もテクニックとしては可能ですが、人材確保の目的にはなりません。そこで通常は、ストックオプションを受け取ってから2年程度は行使することができないように設計します。
この行使できない期間、もしくは行使開始時期のことをシリコンバレーでは「壁」を意味する「クリフ」と呼んでいます。

また、目的を達成できる人材がベンチャーに残り、継続的に企業価値を上げてもらいたいことから、クリフ期間が終わってもすぐに100%行使させません。何年かに分けて行使できるようにします。
クリフは2年。付与開始から毎年25%の行使が可能で、4年目に100%行使」といったセオリーが一般的です。この場合、ストックオプションを付与時から2年後に25%の行使が可能で、100%行使するためには5年が必要になります。
この仕組みを「ベスティング」と言います。

期待のエンジニアや役員がストックオプションを付与してすぐに株に変え、退職されてしまうと、ベンチャー企業にとっては意味がありません。それを防ぐため、クリフとべスティングで縛りをつけるのです。

発行計画
ストックオプションはベンチャー企業にとって、「お金が無い時期に有能な人材を外部から調達するための原資」として有用なツールであることはご理解いただけたと思います。最後に、そのストックオプションをどのように発行するかを紹介します。

結論から言えば、業種や企業規模等でケースバイケースであり、資本政策にも関わってきます。
目安として、発行されるストックオプションが上場までの累計発行株式数の10%以内に収まるよう設計するのが無難です。より安全に考えるとしたら、累計5%から7%程度です。
ポイントは1回のみの発行ではなく、累計での発行です。

これらを鑑みると、ストックオプションの計画は「人員計画」「資本政策」「事業計画」を合わせて作ることが必要になります。
「事業計画」の段階で、上場までにどのような役職の人を何人採用するかの「人員計画」を作ります。そして「資本政策」では、いつ、どのくらいの企業価値を実現して、いくらくらいの資本を必要とするかを計画します。
これらを総合的に考え、「誰にどの程度のストックオプションを付与できるか」「将来の事業価値からそれぞれの人にどの程度の報いを与えることができるか」をシミュレーションすることがポイントになってくるのです。

ストックオプションは「付与のタイミング(入社時期)」「その人の役職や職責」などから一定のルールを作り、それに準じて決定するのが定石です。
付与時に全従業員に開示する必要はありません。
しかし株式公開する際に有価証券届出書でストックオプションを受け取った全員の名前と住所が開示されます。上場した場合、誰にどのくらいのストックオプションが付与されたかが分かるのです。
つまり、ある程度の納得感は必要だということも理解しておきましょう。

※参考図書
起業のファイナンス」磯崎哲也著(日本実業出版社)
起業のエクイティ・ファイナンス」磯崎哲也著(ダイヤモンド社)

profile

早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
Parris daCosta Hayashima k.k. Director & Co-founder



長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社においてR&D(研究開発部門)、海外マーケティングを経験後、株式会社ビズ・ナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に事業会社の意思決定支援を行う。成長戦略や出口戦略の手法として中小企業にもM&Aが重要になることを見越し、小規模M&Aに特化した株式会社ビザインを設立、パートナーに就任。M&Aの普及とアドバイザーの育成を目的に、一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立し、理事に就任。その他、時計ブランド「Parris daCosta Hayashima」の共同創設者でもある。また、陶芸アニメ「やくならマグカップも」のスピンオフアニメ「ロクローの大ぼうけん」の製作配信事業の取締役を行う。現在は、成長意欲のある経営者と対話を通じた独自のコンサルティング手法を展開し、事業会社の新規事業の開発と実現を資本政策を活用して支援する。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせることを主な生業とする。

【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のセオリー(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
実践『ジョブ理論』(総合法令出版)
この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント(中央経済社)
新著「大事なことはシンプルに考える コンサルの思考技術」(総合法令出版)

【関連URL】
■YouTube「早嶋聡史のチャンネル」
https://www.youtube.com/user/satoshihayashima/videos
■早嶋聡史の戦略立案コンサルティング
http://www.biznavi.co.jp/consulting/strategy_planning

■早嶋聡史の事業実践塾
http://www.biznavi.co.jp/businessschool

■中小企業のM&Aビザイン
http://www.bizign.jp
■月々1万円で学ぶ未来社長塾
http://www.mirai-boss.com/
■独・英・日の時計好きが高じて立ち上げたスイス時計ブランド
https://www.parris-dacosta-hayashima.com/