[第66回 M&A成功への道 エフェクチュエーション

【問い】
従来型の問題解決アプローチに対して近年、「エフェクチュエーション」という新しい概念が重視されています。どのような概念で、従来との違いやポイントは何でしょうか?

【方向性】
「エフェクチュエーション」とは、経営学者のサラス・サラスバシー氏が提唱する理論で、優れた起業家の意思決定の在り方や考え方を体系化しています。従来の問題解決は、予測可能なゴール設定から必要な資源と行動を逆算して規定しています。しかし、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をとった「VUCAの時代」に、0から1を創造する取組みでは予測そのものが困難です。そこでは、今ある資源を基に事業を創造することが重要になってきます。

【解説】
■「エフェクチュエーション」とは何か
企業の多くは既存事業を中心とする事業から利益を得ています。
しかし、その事業もやがて成熟期や衰退期を迎え、企業を持続させるためには新規事業が命題になってきます。

そのような中、「エフェクチュエーション」が注目されています。
「エフェクチュエーション」は、経営学者のサラス・サラスバシー氏が著書『エフェクチュエーション』の中で提唱する理論で、優れた起業家に共通する意思決定の在り方や考え方を体系化しています。その内容は、新しい企画、販促方法、新商品開発や新規事業の立上げなど、広範囲で参考になる理論です。
従来の研究は、起業家個人の特性、本人の資質や性格、環境などを抽象的に説明する取組みが盛んでした。そこにサラス氏は起業家の共通する思考プロセスを体系化し、誰でも後天的に学習できるように理論化したことで評価を得ています。現在活躍している多くの起業家たちは、目標設定からはじめるのではなく、今ある手段で新たな可能性を創造する取り組みをしているのです。

■これまでの問題解決アプローチ
これまで多くの企業は、先に目標を示していました。
例えば「年商10億円」とか、「新規事業で5億の売上確保」等。目標を先に示し、達成するための最適な手段を後から検討していました。
この手法は「コーゼーション」呼ばれ、具体的な将来を細かく予測し、現状とのギャップから目標達成の手段を考え、行動に落とす手法です。既存事業の延長であれば、在りたい姿を具体的に示すことができるのでコーゼーションは有効でした。
しかし、VUCAの時代になると不確実性が高まり、社会やビジネスの未来予測をすることは困難です。
そこで成果を出している起業家たちの多くは「コーゼーション」の対極のアプローチを取っており、そこで注目されているのが「エフェクチュエーション」です。

■「エフェクチュエーション」のアプローチ
コーゼーションでは、目的達成のために「自分たちは何をすべきか?」を考えていました。
一方、「エフェクチュエーション」では、「自分は何ができるか?」を考え、誰もが持つ次の3つの資源を洗い出し、今ある手段を視覚化していきます。

[1]自分は誰か(who they are?)
自分自身の特徴や独自の魅力を明らかにします。起業家やイノベーターだからといって、必ずしも特定の能力や属性が存在するものではありません。共通事項としては、自分が持っている能力を社会課題の解決などに適応させているのです。

[2]自分は何を知っているか(who they know?)
個人が持つ知識や経験を明らかにします。それぞれが異なる背景やバックグラウンドや経験は、誰もが持っています。それらを活用して、社会課題の解決に適応させるのです。

[3]自分は誰を知っているか(whom they know?)
人脈の整理を行います。新しい取り組みの中で、チームが持つ人脈やネットワーク、これまで培った関係性を活用しながら取り組むのです。

 つまり、資源を洗い出し、実際に行動して、他者との関わりやつながりの中で相互作用を誘発させながら、新たな概念を生み出すことが「エフェクチュエーション」のプロセスになるのです。
実際に行えば理解できるのですが、そこには思わぬ可能性とアイデアを創造することになってきます。

「コーゼーション」と「エフェクチュエーション」は対局の概念であり、このふたつで優劣を議論するのは無意味です。0から1を創る新規の取り組みは「エフェクチュエーション」のアプローチが適しており、1から10へと既存の取り組みを拡大するためには「コーゼーション」によるアプローチが有効なのです。
成長期は「コーゼーション」のみで良かったのですが、今の時代は場面や状況に応じて「エフェクチュエーション」を活用することがポイントなのです。

■「エフェクチュエーション」5つの原則
エフェクチュエーションには、以下の5つの基本原則があります。

  • 許容可能な損失の原則(Affordable Loss)
  • クレイジーキルトの原則(Crazy-Quilt)
  • レモネードの原則(Lemonade)
  • 飛行機の中のパイロットの原則(Pilot-in-the-plane)

[1]手中の鳥の原則(Bird in Hand)
何かを行う際に、新たな手段を開発するのではなく、既存の手段を用いて取り組みましょう。
企業やチームが既に保有する人材のスキルや技術、ノウハウ、人脈などをベースに問題解決を行う原則です。つまり「新しい取り組み」と構えず、「今ある資源を活用」して、新しい取り組みにチャレンジするのです。

[2]許容可能な損失の原則(Affordable Loss)
失敗した場合に、どの程度の損出があるかを、あらかじめ予測しておきましょう。
許容できる損失を明らかにすることで、大きな火傷を負うことなく取り組みができます。トライ&エラーが出来ない場合、いきなり大きな挑戦をして後戻りが出来ないほど大きな失敗をしてしまうと、全てを失ってしまいます。これを避けるために、先に限界を理解しておくのです。

[3]クレイジーキルトの原則(Crazy-Quilt)
既存の取組では、自社のリソースのみを使って、全てを行う発想で取り組んでいました。
一方、「エフェクチュエーション」の取り組みは、オープンソースで行います。既に持っているリソースは当然活用しますが、自社にないリソースはどんなものでも活用するのです。まさに形や柄が頃なる布を一枚に張り合わせる(キルト)感覚で取り組むのです。

[4]レモネードの原則(Lemonade)
米国には、“When life gives you lemons, make lemonade.”という諺があります。「辛いことがあっても、ポジティブに捉え考え行動して、望ましい結果を手に入れよう」という意味の諺です。
今ある資源の捉え方や視点を変え、ポジティブに解釈して新たな発想につなげることが原則です。失敗は成功のもとであり、レモンをレモネードに変えていく思考方法と態度が大切なのです。

[5]飛行機の中のパイロットの原則(Pilot-in-the-plane)
状況に応じて臨機応変に行動しましょう。
新たな取り組みを連続的に成功させる事業家や起業家は、予測不能な事態に対して迅速に対応します。飛行機のパイロットも、コックピットの中の様々な計器を確認しながら状況を冷静に判断し、臨機応変に対応をしていくことに倣いましょう。

これら5つの基本原則を見たように、「エフェクチュエーション」そのものが、未来を発見して予測するツールではなく、チームの行動によって未来を構築する概念なのです。

※参考資料
エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」
吉田満梨、中村龍太 共著(ダイアモンド社)

profile

早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
Parris daCosta Hayashima k.k. Director & Co-founder



長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社においてR&D(研究開発部門)、海外マーケティングを経験後、株式会社ビズ・ナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に事業会社の意思決定支援を行う。成長戦略や出口戦略の手法として中小企業にもM&Aが重要になることを見越し、小規模M&Aに特化した株式会社ビザインを設立、パートナーに就任。M&Aの普及とアドバイザーの育成を目的に、一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立し、理事に就任。その他、時計ブランド「Parris daCosta Hayashima」の共同創設者でもある。また、陶芸アニメ「やくならマグカップも」のスピンオフアニメ「ロクローの大ぼうけん」の製作配信事業の取締役を行う。現在は、成長意欲のある経営者と対話を通じた独自のコンサルティング手法を展開し、事業会社の新規事業の開発と実現を資本政策を活用して支援する。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせることを主な生業とする。

【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のセオリー(総合法令出版)
頭のモヤモヤをスッキリさせる思考術(総合法令出版)
実践『ジョブ理論』(総合法令出版)
この1冊でわかる! M&A実務のプロセスとポイント(中央経済社)
大事なことはシンプルに考える コンサルの思考技術」(総合法令出版)

【関連URL】
■YouTube「早嶋聡史のチャンネル」
https://www.youtube.com/user/satoshihayashima/videos
■早嶋聡史の戦略立案コンサルティング
http://www.biznavi.co.jp/consulting/strategy_planning

■早嶋聡史の事業実践塾
http://www.biznavi.co.jp/businessschool

■中小企業のM&Aビザイン
http://www.bizign.jp
■月々1万円で学ぶ未来社長塾
http://www.mirai-boss.com/
■独・英・日の時計好きが高じて立ち上げたスイス時計ブランド
https://www.parris-dacosta-hayashima.com/