
[第68回 価格を上げた企業と、価格で失敗した企業]
2019年の武漢起点のコロナ以降、日本企業の価格に対する態度が、結果的に大きく変わった。原材料費、物流費、人件費。あらゆるコストが同時に上がり、値上げは選択ではなく前提になったからだ。
結果として、ほぼすべての業界で価格改定が行われたが、その明暗ははっきりと分かれている。
価格を上げながら利益を改善し、ブランド評価を高めている企業がある一方で、値上げをきっかけに顧客離れを招き、ポジションが曖昧になった企業もある。同じ行為でありながら、結果は真逆だ。
今回は、この差を整理してみた。
2022年以降、日本では食品、外食、日用品、宿泊費を中心に大規模な価格改定が進んだ。
一方で、インバウンドは急速に回復し、円安も重なり、日本の商品は「世界から見て割安」に映る環境が生まれた。この2つが同時に起きていることが、今回の前提になる。
この数年の企業の動きを見ていると、値上げには大きく2つの型がある。
コスト転嫁としての値上げと、価格そのものを再設計した値上げだ。
前者は防御(成り行き)で、後者は戦略に近い。どちらも価格が上がるという事実は同じだが、中身はまったく異なる。
■成功した値上げ
たとえば、デサントの水沢ダウンは、単に価格を上げたわけではない。流通を絞り、販売量をコントロールし、プロダクトの文脈を再構築している。その結果として単価が上がり、利益率が改善している。
アシックスも同様で、オニツカタイガーを通じて「機能のブランド」から「感性のブランド」へと領域を広げた。
星野リゾートは、温泉旅館という既存の業態に物語と体験を重ね、客室単価そのものを再定義している。
これらに共通しているのは、価格を操作しているのではなく、選ばれる理由を徹底的に設計している点だ。そのポイントは大きく3つに整理できる。
ひとつは価値の再定義だ。スペックや機能ではなく、「なぜそれを選ぶのか」を作り直している。
次に流通の制御だ。どこでも買える状態をやめ、文脈と希少性を維持している。
そして最後に顧客の選別だ。すべての顧客を取りにいくのではなく、誰に買ってほしいのかを明確にしている。
この3つが揃ったとき、価格は上げる対象ではなく、自然と上がる結果になる。
■失敗した値上げ
一方で、値上げに失敗している企業も同じように価格は上げている。ただし、その前提が異なっている。いくつかのパターンに分けてみる。
まずはポジションを崩したケースだ。ジーユーのような低価格ブランドが価格帯を引き上げたときに起きやすい。安さを期待していた顧客は離れ、品質を求める顧客は上位ブランドに流れる。結果として「誰のためのブランドなのか」が曖昧になる。
これはGAPにも観察できる。ドルと円の価値が変わったことによる値上げであることは分かるが、GAPのポジションと今の価格ではどうも釣り合わない。
次に、価格と体験が一致しないケースがある。
ZARAの一部評価はこれに近い。価格は上がったが体験は変わらない。そのとき顧客の中で「この価格なら他に選択肢がある」という判断が生まれる。
プロ野球のチケットもダイナミックプライシングを過度に導入しすぎており、体験は変わらないのに価格を企業側がコントロールして席が埋まらない常態を観察できる。
三つ目は、意味が欠落しているケースだ。
家電や小売の一部で観察できる。値上げの理由を「コストが上がったから」と説明してしまう。しかしそれは企業側の事情であって、顧客の理由ではない。本来問われるべきは、「顧客はなぜそれを買うのか」という点だ。この議論と取組が伴わない値上げは、長くは続かない。
最後は、構造そのものが劣化しているケースだ。
日産自動車のように、長年の値引き前提の販売によって、商品の価値や企業への信頼が毀損している状態だ。この状況で価格を上げても、問題の解決にはならない。むしろ顧客の不信をさらに強める可能性すらある。
■戦略のある値上げを
ここまで整理すると、単なる値上げは戦略ではないことが見えてくる。価値を高める設計が伴わない限り、有効にはならない。
価格は企業が一方的に決めるものではなく、顧客が受け入れるかどうかで決まる。この前提に立つと、「いくらにするか」という問い自体が後ろに下がる。代わりに、「なぜその価格で受け入れられるのか」が前に出てくる。
商品・価格・流通・販促。
それぞれにどのような意味を持たせ、どのようなポジションを取るのか。そして、誰に選ばれる存在になるのか。これは特別な話ではなく、マーケティングの基本に立ち返ることでもある。
ただ、日本特有の背景も無視できない。
長い間、日本では高品質な商品に対して価格が低すぎる状態が続いていた。内需中心の競争と過剰な同質化の中で、「良いものを安く提供する」ことが半ば無意識の前提になっていた。
しかし、インバウンドと円安によって外部からの評価が入り、この前提が揺らいでいる。
その中で、単純にコストを上乗せして価格を上げた企業は顧客離れを起こしている。
一方で、そこに意味を乗せることができた企業は顧客を維持し、場合によっては増やしている。値上げという行為は、結果として企業と顧客の関係性を可視化している。
価格を上げれば顧客は離れる。
これは事実だと思う。ただし、意味があれば顧客は残る。そして意味が強ければ、顧客はむしろ増える。その違いは、価格そのものではなく、その裏側にある設計そのものにある。
値上げは手法の一つに過ぎない。そこだけを切り出しても機能しない。
むしろ問われているのは、自社のプロダクトがなぜ選ばれているのか。
その理由をどこまで設計できているのかだと思う。
