
【和歌のスタイルで表現してみた】
■Usage #106
出先・旅先で家人を思うとき:幻影
[元歌]
我が妻はいたく恋ひらし飲む水に 影さへ見えてよに忘られず 万4322
▼家にいる妻が私をとても恋しがっているようだぞ。というのも、私が水を飲むとき水面に妻の顔が浮かんでいるから。
[解説]
作者は若倭部身麻呂(わかやまとべ の みまろ ? – ?)。遠江国(静岡県)出身の主帳丁(事務官)。身麻呂さんは、幻影を見るほど妻を恋しがっているのに、強がって妻が自分を恋しがっていると言っている。この意地の張り方が可愛い可笑しやがて悲し。
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■Usage #107
出先・旅先で家人を思うとき:肖像
[元歌]
我が妻も絵に描き取らむ暇もが 旅行く我れは見つつ偲はむ 万4327
▼妻の似顔を描けば良かった。旅の途中で見て思い出せるように。
[解説]
作者は物部古麻呂(もののべ の こまろ ? – ?)。遠江国長下郡の出身。古麻呂さんは妻を思い出すのに似顔絵を考えつくのがすごい。今ならば写真でしょうと思うが、当時は写真はないわけだから、それはムリ。で、似顔絵になるわけだ。この気持ちが切なくて良い。
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■Usage #108
出先・旅先で家人を思うとき:孤独感
[元歌]
八十国は難波に集い船かざり 我がせむ日ろを見も人もがも 万4329
▼多くの地方から防人が難波に集まって船に乗り込んでいる。私には見送ってくれる人がいないのが寂しい。
[解説]
作者は丹比部国人(たじいべ の くにひと ? – ?)。相模国(神奈川県)足下郡の出身。この歌は、防人になった国人が地元を離れて難波に着いた時の心境だ。難波は筑紫に行く中継拠点。いろんな地域から防人や関係者が集まり移動の準備にいそしんでいる。賑わいの中にいながら、俺が知ってる人はこの中にはいない、と嘆く。大勢の中で感じる孤独の気持ちだ。
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■Usage #109
出先・旅先で家人を思うとき:母親
[元歌]
難波津に装ひ装ひて今日の日や 出でて罷らむ見る母なしに 万4330
▼本日、準備をばっちり整えて難波津を出発するのだが、私を見送ってくれる母親はここにはいない。
[解説]
作者は丸子多麻呂(まるこ の おおま ? – ?)。相模国鎌倉郡の出身。防人=ますらを=強い人、のイメージがあるけれど、それは筑紫に到着した後の話。難波津では途上の人。この歌から多麻呂は、母親の見送りなんかウゼえ、と思わない素直で健全なタイプだと分かる。
