
▼小学生向けの国語辞典を買ってぱらぱら見ていたら、巻末に小倉百人一首が載っていました。歌を季節ごとに色分けしているので、季節に合う歌がひとめで分かります。
秋を感じると……皆さんはどんな感じでしょう。仲間や大切な人とコミュニケーションを取りたくなりませんか、なぜか分からないけれど。人工知能が便利になるほど、人の顔を見て一緒に過ごす時間が貴重なことだったんや、と感じるんですが、いかがでしょう。
で、今回は百人一首の秋の歌から四首です。
【和歌のスタイルで表現してみた】
■Usage #120
そうだ、月を見よう
[元歌]
秋風にたなびく雲のたえ間より 漏れ出づる月の影のさやけさ 百人一首79
▼秋風にたなびく雲の切れ目から見える月の清らかなことよ。
[解説]
わたしめ、小学2年からメガネユーザー、つまり、近視なので、月がクリアに見えたことがないのです。見えてる人がうらやましい。この歌は、移り行く雲、その間から見えたり見えなくなったりする月のショート動画のような作品。当時の人は、現代人が動画を倍速で見るような感覚で雲と月の動きが見えてた、かのよう。
作者は藤原 顕輔(ふじわら あきすけ 1090 – 1155 平安時代後期の公家・歌人)。
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■Usage #121
秋の雨と夕暮れを眺めてみよう
[元歌]
村雨の露もまだ干ぬ槙の葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮れ 百人一首87
▼急な激しい雨のあと、まきの葉が乾く間もなく霧が広がる秋の夕暮れ。
[解説]
この歌には雨・露・霧が入っています。水系感じマシマシ。でもあまり水っぽくないのは、秋の夕暮れから来る爽やかな印象が強いから? 夕暮れ時になったら、外の風景を眺めてみようか、という気になるかも。
作者は寂蓮(じゃくれん 1139 – 1202 平安時代末~鎌倉時代初期の歌人・僧侶)。
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■Usage #122
秋の田んぼを見に行こう
[元歌]
秋の田のかりほの庵の苫を粗み わが衣手は露にぬれつつ 百人一首1
▼秋の田で刈り取った穂で組んだ庵。屋根がスカスカなので衣が濡れてしまう。
[解説]
今回の4首の中でいちばん古い歌。4~500年の差があります。作者の天智天皇(てんちてんのう 626 – 672 第38代天皇)の時代、移動するとき途中に宿屋はほぼないし、ましてやテントもないから、刈穂があれば集めて屋根を作ってしまう。私めは猫と同じく濡れるのは極力避けたいタイプなので、同じような庵に泊ることになったら、「えーっと、服が濡れるような小屋で寝るんですかあ!」とそっちが気になります。いま、秋の田はどんなふうになってるのでしょう。刈穂積みはもう見られない?
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■Usage #123
秋の夕暮れの寂しさをしみじみ味わってみよう
[元歌]
寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ秋の夕暮れ 百人一首70
▼寂しい気分になったので外に出て歩き回ると、どこも同じ秋の夕暮れだった。
[解説]
秋の夕暮れの作者は法師が多い。この歌も法師良暹(りょうぜん ? – 1065 平安時代中期の僧・歌人)。夕刻は人の神経、交感神経と副交感神経が入れ替わるので寂しい気分になったりする、という話を聞いたことがあるような、ないような。部屋にいて寂しい気分になったら、夕暮れだった、ということありませんか。法師は何をしていたのか分かりませんが、元気な人は仲間と飲みに行けるし、元気がない人は……早く寝ますか (笑) 。
