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第23回 米国と中国、その行方 #1

■問い
米中関係の争いは今後どのようになるのでしょうか?
そもそも解決できるのでしょうか?

■答え
米国がたどってきた歴史的背景から、共和党と民主党を理解することで答えが見えてきます。
米国は中国に対して当初は「市場としての活路」を見い出していました。そこから「中国の思想を変えることができるかもしれない」と考え、近代まで攻撃することなく、常に手を差し伸べてきた歴史があります。

一方の中国は「共産主義」と「資本主義」の考えが一国の中で入れ替わり、結果的に今は共産主義の考えが中心になっています。しかも、「いいとこ取りの社会主義市場経済」の考えが根底にあります。
ソ連がいなくなった今、自分たちの活路を「太平洋にも繰り出した一帯一路構想」としての具現化が始まっています。

「米国はこうだ!」とか、「中国はこうだ!」とか言う一元的結論ではなく、ひとつの国には複数の思想や考え方が混じり合い、時の政権や流れが重なった末に、その国の「今」が形成されてくるものです。そこから常に隣国や海を超えた国の関与が複雑に絡み合い、国と国の関係ができあがっていきます。それぞれの国の歴史的背景を理解することから、自分なりの判断基準を磨いていきましょう。

では、まず米国の近代史から順に紐解いていきます。

【モンロー主義と西部開拓】
私たちは普段、日本を中心にした地図で見ることが当たり前になっています。しかし、正距方位図法で米国ニューヨークを中心に世界を見渡してみると、その感じ方が変わってきます。米国はユーラシア大陸から離れた位置にあるというのが見えてくるのです。地理的な条件で見ると、(少々強引ではありますが)米国は英国や日本と同様に「海に囲まれた島」とみなすことができます。

NHK「様々な世界地図」より
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第5代目米国大統領のジェームズ・モンローは、1823年に欧州諸国に対して米国と欧州間に対する相互不干渉を提唱しました(モンロー主義)。欧州から米国は距離的に遠いということもあり、欧州諸国は攻め込むことを辞め、米国は一気に西部開拓を進めます。

当時の米国は西海岸から少し内陸に入った小さなエリアのみで、周囲は先住民が住んでいました。モンロー主義の影響で、開拓民は他国から干渉を受けることなく西部開拓に注力します。ただし当時の開拓民は政府から保護を受けることもなく、先住民や過酷な自然環境と戦いながら自分たちの手と足で西部開拓を進めたのです。

読者の皆さんは幼少期に「大草原の小さな家」を見たことがあるでしょう。当時の開拓民をストーリーに展開されるお話です。開拓民の暮らしぶりから、独立自尊、創意工夫、忍耐不屈という言葉がぴったりなくらい厳しい環境のものでした。皆が銃を持ち、丸太小屋を作り、先住民と戦いながら土地を開拓していくのです。毎日がつらい日々でしたが、皆耐え忍んでいました。自分自身を守るための銃社会も、このような歴史的背景から理解できるかもしれません。

【宗教と正義】
しかし、どうにもならない場合は「宗教」を拠り所にします。
ところが非常に厳しい環境下では、教会や牧師など居ません。そこで開拓民の多くは、聖書と向き合う時間を大切にしました。信仰は自ずと原理主義的な思想を強め、聖書に書いていない世界に対しては全否定をする態度を取るようになります。
そして、そのような開拓民の末裔は、反同性愛、反中絶、反進化論、反共主義、反イスラム主義、反フェミニズム、ポルノ反対、性教育反対、家庭重視、小さな政府、共和党支持の傾向が強くなっていくのです。

彼らの思想的背景には常に宗教があり、その基本的考え方は「苦しみは神からの試練」「勝利は信仰の結果」でした。
先住民への攻撃は自分たちが「正義」だと信じ、結果的に先住民の征服、そしてメキシコ侵略へとつながっていくのです。当時のメキシコはスペインの植民地だったので、カトリックが主体。米国のプロテスタントはカトリックを否定し、「メキシコ侵略は正義のための戦い」と信じていたのです。

このように米国の歴史は、常に「正義」である米国が「悪」である他国を倒すという構図が掲げられてきました。
そう考えると、かつてのドイツや日本が掲げていたファシズムを倒すための第二次世界大戦、共産主義を倒すための冷戦、イスラム過激派を倒すためのイラク戦争など、しっくり来ますよね。

【ゴールドラッシュからパナマ運河開通へ】
1848年、米国はメキシコ戦争に勝利します。現在のテキサス州やカリフォルニア州はメキシコの一部でしたが、この戦争後に米国の領土になりました。その結果、米国は大陸国家に成長し、東海岸から太平洋へとつながる国家を手中にしたのです。

そして偶然が重なります。
カリフォルニアでの金の発見、いわゆる「ゴールドラッシュ」です。
メキシコに勝利した1848年に始まったゴールドラッシュにより、カリフォルニアは全米だけでなく世界中からの注目を集めます。しかし当時は東海岸から西海岸に向かう場合、ロッキー山脈を超える必要がありましたが、これが相当な難所でした。そこで金が採掘される西海岸へと向かうルートは、実に遠い船旅を強いられました。まず東海岸からアフリカに向かってインド洋に出る。そしてマラッカ海峡から日本をかすめて太平洋を横断して東海岸へ向かうという、世界一周ともいうべき壮大な船旅だったのです。それでも当時は、そのルートが主流だったのです。
実は1853年にペリーが浦賀に来日した時も、同様の海路をたどっています。
米国の東海岸から西海岸へのルートの途中に日本があったという点が、黒船来航のきっかけなのです。

国立国会図書館・国際子ども図書館「ペリー来航」より
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しかし、さすがにいつまでもこの海路をめぐるのは非効率です。そこでこの頃に米国海軍兵学校の教官、アルフレッド・セイヤー・マハンが提案した構想がパナマ運河の開通でした。

このように、当時から米国の視点は地理的環境の一部だけを見ることなく、地球規模で捉えていたことが理解できます。

【南北戦争の結果がもたらした好景気】
1861年から1865年にかけて米国では南北戦争が勃発します。アメリカ合衆国北部と、合衆国から分離した南部のアメリカ連合軍の間で行われた内戦です。
アメリカ南部は気候が良く、バージニアを境にしたエリアは綿の産地として栄えました。地主たちは奴隷を使い、英国に対して綿を輸出して富を得ていました。一方のアメリカ北部は工業が主力で、産業革命の英国から競合国として認識されてしまいます。そこで米国は、英国製品に対して関税をかける主張を行います。
これら奴隷制問題と関税問題が重なり合い、南北戦争へと発展してしまいます。

戦争の結果は北部の圧勝。その結果、南部の綿産業は衰退し、代わりに北部の産業が発達しました。
もし南部が勝利していたら、今の米国はなかったでしょう。きっと豪州のように、のんびりとした農業大国となっていた可能性もあるのです。まあ、これは「タラレバ」ですが(笑)。

アメリカ北部の勝利により、米国全体の産業が発展します。東海岸と西海岸を結ぶ大陸横断鉄道も1869年に開通し、ますます景気もよくなります。
その結果、世界中から移民が大量に押し寄せはじめます。特に貧しい国の難民たちが米国に集まってきました。具体的にはイタリア、アイルランド(当時は英国の植民地で貧しかった)、旧ロシア系のユダヤ人です。移民のほとんどは出稼ぎ労働者でしたが、ユダヤ系の中には一部金持ちもいました。ロスチャイルドに至っては経済が発展する米国のニューヨークに銀行を開設し、金貸しをはじめます。さらに米国からも財閥が生まれ、石油のロックフェラー、銀行のモルガン家など、ニューヨークに巨大な金融資本が誕生しました。

【環太平洋構想実現への息吹】
さて、ここから米国と中国の関係が始まります。
めざましい経済発展が続く米国は、市場としての中国に注目します。米国で生産された商品を、中国に販売しようと考えはじめたのです。当時の中国は英国との戦争で負け、まさに市場を開くチャンスでした。

そこで上述したパナマ運河構想、再び浮上するのです。
米国にしてみれば工業地帯がある東海岸の北部エリアから、パナマ運河経由で太平洋に抜け、そこから中国を目指すのが好都合です。当時の船は石炭を燃料とする蒸気船であり、長距離の航路だと途中で石炭の補給が必要でした。キューバ、プエルトリコ、ハワイ、グアム、フィリピンといった国々を抑える抑えることが、石炭を効率的に補給ができる早道だと考えたのです。なにしろ当時のハワイは王国であり、他の国々はスペインの植民地でした。米国はスペイン戦争を起こして1898年にキューバ、グアム、フィリピンを制覇。さらにハワイも併合して「太平洋環帯」実現への一歩を踏み出すのです。

「第24回 米国と中国の行方 #2」へ続く。

参考図書:「歴史で学べ!地政学」茂木誠著

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profile

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早嶋 聡史 氏
(はやしま・さとし)
株式会社ビズナビ&カンパニー 代表取締役社長
株式会社ビザイン 代表取締役パートナー
一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会 理事
Parris daCosta Hayashima k.k. Director & Co-founder

長崎県立長崎北高等学校、九州大学情報工学部機械システム工学科、オーストラリアボンド大学経営学修士課程修了(MBA)。
横河電機株式会社の研究開発部門(R&D)にて産業用ネットワークの研究に従事。MBA取得後、海外マーケティング部にて同社主要製品の海外市場におけるブランド戦略・中期経営計画策定に参画。B2Bブランディングの先駆けとして後に知られるようになったVigilanceという力強いブランドキャンペーンを実施。退職後、株式会社ビズナビ&カンパニーを設立。戦略立案を軸に中小企業の意思決定支援業務を行う。また成長戦略や撤退戦略の手法として中小企業にもM&Aの手法が重要になることを見越し小規模のM&Aに特化した株式会社ビザインを設立。更に、M&Aの普及活動とM&Aアドバイザーの育成を目的に一般財団法人日本M&Aアドバイザー協会(JMAA)を設立。近年、アナログの世界に傾倒すること、価値を見直すことをテーマに、自ら高級スイス時計のブランドであるパリス・ダコスタ・ハヤシマを設立する現在は、売上規模数十億前後の成長意欲のある経営者と対話と通じた独自のコンサルティング手法を展開。経営者の頭と心のモヤモヤをスッキリさせ方向性を明確にすることを主な生業とする。
【著書・関連図書】
できる人の実践ロジカルシンキング(日経BPムック)
営業マネジャーの教科書(総合法令出版)
ドラッカーが教える実践マーケティング戦略(総合法令出版)
ドラッカーが教える問題解決のエッセンス(総合法令出版)
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