※メイン写真 : 「別府八湯」あなたは全て言えますか?(撮影:若杉優貴)

令和8(2026)年8月8日は「別府八湯独立宣言」から30周年を迎えました。30周年当日はこれを記念したイベントが別府市の八幡朝見神社で開催されました。
別府八湯独立宣言は平成8(1996)年8月8日に行われたもので、これ以降、「八湯」それぞれが地域性を活かした様々な企画を実施。今ではお馴染みの街歩きイベント「別府八湯ウォーク」や、スパポートにスタンプを捺しながら湯めぐりをする「別府八湯温泉道」も、この独立宣言以降に始まったものです。

前回の記事では、「別府」の地名の由来が宇佐神宮の荘園制度や神社の統治体制に由来している可能性が高いことを紹介しました。
一方、そのなかで触れたとおり、「熱海」(由来は「熱い水」)や「草津」(由来は「臭い水」)、「登別」(由来はアイヌ語の「ヌプル・ペッ(濁った川・色が濃い川)」)のように、全国の温泉地には温泉(温泉水)そのものを語源とした地名が数多くあります。

それでは前回由来を紹介した“別府”を冠した「別府温泉」を除く「別府八湯」の地名のなかに、「温泉」を由来とした地名はいくつあるのでしょうか。早速「地名で湯めぐり」へと出かけてみましょう。

■ 浜脇温泉
別府温泉発祥の地の1つともいわれる浜脇温泉。江戸時代の温泉番付では西の部で6位、現在の別府八湯のなかで最高位にランクインしています(別府温泉は9位)。レトロな木造駅舎で知られる東別府駅も、1911年の開業からしばらくは「浜脇駅」という名前でした。
「浜脇」の由来は、「海辺から湧き出る温泉」に因んだもの。まさに「温泉そのものに由来する地名」の代表的な例といえるでしょう。
前回も触れましたが、この浜脇エリアにある「朝見」も「熱い水」から転化したという説が有力であり、実は熱海と同じ語源を持つ「温泉由来の地名」なのです。

■観海寺温泉
市内南部の高台にある観海寺温泉。その由来は8世紀に開山された「観海寺」で、温泉街からはその名のとおり別府湾を一望することができます。寺が由来とはいえ、「景観から名付けられた地名」であるともいえるでしょう。
古刹としての観海寺の歴史は明治初期に一旦幕を下ろしましたが、約半世紀経った1938年には「観海禅寺(観海寺)」として再興。寺は温泉街よりもさらに高い場所にあるため眺めが良く、湯けむりを望むこともできます。杉乃井ホテルでボウリングやプールを楽しんだあと、少し足を延ばして参拝してみるのもおすすめです。

■堀田温泉
市内南西部の高台にある堀田温泉。「堀田」はその名のとおり「温泉のために田畑を掘った」ことに由来すると伝えられており、「温泉に関連した地名」といえます。
かつては日田方面へ伸びる街道筋の温泉街であり、1600年に大友氏が敗北した「石垣原の戦い」の際には古戦場にもなりました。しかし市内中心部や駅から離れていることから次第に衰退し、1959年までにすべての旅館が廃業。その後、高速道路の建設計画が持ち上がった際には自然豊かな堀田温泉に悪影響が出るのではないかとして反対運動も起きました。
一方、1989年の大分自動車道(湯布院-別府間)開通により別府インターチェンジが設けられると、温泉街は再び活気を取り戻しました。現在は高級旅館から市営温泉まで幅広いスタイルが楽しめる温泉街となっています。

■明礬温泉
別府市内北西部の高台にある明礬温泉は、その名のとおり温泉成分に含まれる「明礬(ミョウバン)の産地」だったことによるもの。江戸時代には幕府や森藩(玖珠)によって明礬の採取・精製が盛んに行われており、その産地として知られたことから名付けられた「温泉に関連した地名」です。
硫黄の匂いが立ち込めるなか湯の花小屋が並ぶ光景は唯一無二のもの。かつては交通の便が良いとは言えなかったものの、別府インターチェンジの開設に加えて立命館アジア太平洋大学の開学によって路線バスの本数が大幅に増え、アクセスしやすい温泉街となりました。

※明礬温泉といえば思い浮かぶ湯の花小屋(撮影:若杉優貴)■鉄輪温泉
日本を代表する温泉街・鉄輪温泉。古くから知られる地だけに「鉄輪」の由来には様々なものがあります。
有名なものでは、この地を訪れた修験者が「鉄輪(かなわ)が付いた錫杖を地面に突き刺したところ温泉が湧いた」という言い伝えがあり、一説にはこの修験者は一遍上人であるとされています。現在も「鉄輪むし湯」のすぐ近くには鉄輪温泉の開祖として「一遍湯かけ上人」の像が設置されています。
一方、この地域はそれ以前から温泉や噴気が激しく噴出するところを「地獄」と呼んでおり、仏教説話の「鉄輪(かなわ)地獄」や「金輪奈落」から「鉄輪」と呼ばれるようになったという説も有力で、圧倒的な温泉の威力に対する畏怖の念も感じられます。
このほかにもいくつかの説があるものの、その多くが「仏教と地獄」にちなんだもの。鉄輪も「温泉に関連した地名」であるといえるでしょう。

■柴石温泉
別府八湯の中では、旅館を持たない温泉地である柴石温泉。現在は市営の日帰り温泉が人気ですが、市外の人には「血の池地獄のあたり」と言ったほうが分かりやすいかも知れません。
「柴石」の地名は温泉ではなく、江戸時代にこの地域で見つかった「柴(木)の化石」に由来するものと伝えられています。
かつては「滝湯」が名物だったといいますが、渓谷沿いゆえ、たびたび災害に悩まされたこともあり、昭和時代に姿を消しています。

■亀川温泉
今では学生街、そして大分トリニータやアニメ『鬼滅の刃』の聖地としても語られるようになった八幡竈門神社が鎮座する亀川温泉。その地名の由来を知る手がかりは、亀川商店街・亀の甲広場の「白亀塚」にあります。
白亀塚に設置されている案内板によると、平安時代の史書「続日本後紀」に「848年に寒川(現在の冷川)で捕獲された白亀が仁明天皇に献上され、その吉兆にちなみ元号が「嘉祥」に改められた」と記されており、亀川の地名は、この「白亀伝説」に由来するとされています。
冷川は現在も立命館アジア太平洋大学の近くから関の江まで流れ、ホタルの名所としても知られています。ホタル観賞に訪れた際には、亀川の地名の由来となった「白亀伝説」に思いをはせながら、亀の姿を探してみるのも面白いかもしれません。

※「別府温泉のキービジュアル」ともいうべき地獄めぐりは鉄輪を代表する風景(撮影:若杉優貴)
湯めぐりをしながら「温泉に由来した地名さがし」をしてみては
最初に「温泉地は温泉に由来した地名が多い」と述べましたが、ここまで見てきたように、別府八湯のうち「温泉(温泉水)そのものの様子」が地名の由来となっているのは浜脇だけでした。
一方で、堀田・明礬・鉄輪はいずれも温泉の開発や温泉資源、温泉地としての歴史と深く結び付いた地名であり、広い意味では「温泉に由来する地名」であるといえます。
つまり、別府八湯のうち半数が何らかのかたちで温泉が地名の成立に関わっているのです。

温泉旅行では湯めぐりや温泉グルメに目が向きがちですが、その地名の由来を知ると、温泉地の歴史や、住民が温泉にどう向き合ってきたかが見えてきます。
別府市内には、このほかにも「田の湯」「湯山」「風呂本」「四の湯」など「温泉(温泉水)そのもの」にちなんだ地名がいくつもあります。もし温泉を訪れた際には、ぜひその地名にも注目してみてはいかがでしょうか。「浜脇」や「朝見」などのように、文字や読み方は転化していても実は温泉に由来する地名や、「堀田」などのように間接的に温泉に由来する地名が見つかるかも知れません。

【参考】
角川日本地名大辞典編纂委員会編(1980):「角川日本地名大辞典 大分県」(角川書店刊)
別府市誌編纂委員会(2025):「別府市誌」(別府市刊)
別府市ウェブサイト
環境省(2020):「国民保養温泉地計画書

profile

若杉 優貴
わかすぎ・ゆうき:別府市出身。熊本大学、広島大学、久留米大学を経て2021年博士学位取得。専攻は商業地理学。様々なメディアで街づくりや地理・歴史などに関する記事を執筆している。趣味は商店街とデパートめぐり。
※プロフィール画像はアーティストの三原海氏に描いてもらいました。
【所属】
都市商業研究所 https://toshoken.com/

【主な執筆Web媒体】
『ITメディア』
https://www.itmedia.co.jp/author/248365/
『Merkmal(メルクマール)』
https://merkmal-biz.jp/post/writer/yuuki-wakasugi
『アーバンライフ東京』
https://urbanlife.tokyo/post/writer/wakasugi-yuki/
『日刊SPA!』
https://nikkan-spa.jp/spa_comment_people/toshoken
ほか多数