九州における観光振興の旗振り役として、2005年から活動を続けている一般社団法人 九州観光推進機構。九州7県や会員企業・団体、観光やまちづくりの関係者が連携し「観光を通じて地方創生を実現させる」という挑戦は、いま、どのような形で進んでいるのだろうか。
インバウンド需要拡大に向けた課題や、地域の観光関連業への提言などを、専務理事 事業本部長の渡邉太志氏にうかがった。

観光は地方創生の切り札

──来年(2020年)は九州観光推進機構(以下「九観推」)設立15周年だそうですね。
渡邉 九州地方知事会と各経済団体(九州経済連合会、九州商工会議所連合会、九州経済同友会、九州経営者協会)からなる九州地域戦略会議で策定された「九州観光戦略」の実行組織として、当機構が設立されたのは2005年4月のことです。設立以来、「九州はひとつ」という理念のもと、官民一体となってさまざまな観光振興活動に取り組んできました。
たとえば2014年度からスタートした第二期九州観光戦略では、2023年度までを「観光産業を九州の基幹産業とする10年」として位置づけています。ここでは観光消費額を年間4兆円(外国人1.2兆円+日本人2.8兆円)、訪日外国人数を年間786万人、延べ宿泊者数6,800万人泊(外国人2,010万人泊+日本人4,790人泊)に拡大するという目標を掲げています。2018年実績は2.57兆円(外国人0.4兆円+日本人2.17兆円)、511万人、4,613人泊(外国人715万人泊+日本人3,898万人泊)と道半ばであることは間違いありませんが、10年以上をかけて「観光は地方創生の切り札」という共通認識や施策のベクトルを合わせて取り組んできたので、この連携をさらに深めつつ目標達成に邁進していきたいと考えています。

──設立経緯の根幹をなすところですね。
渡邉 日本の、ひいては九州の少子高齢化ならびに人口減は避けて通れない道ですが、それによって生じる地域経済の縮小は、観光交流人口を増やすことで補完できます。定住人口1人分の年間消費額は約125万円といわれていますが、これは外国人旅行者の8人分、国内宿泊旅行者の25人分(ともに全国平均)に等しい。つまり、旅行者を増やすことができれば経済の縮小にも対応できるのです。そういった意味で、私たちは観光戦略を通じて九州の地域経済活性化に取り組んでいる組織といえるでしょう。
2018年に当機構は観光庁から日本版DMO)に認定されました。日本版DMOは、地域の「稼ぐ力」を引き出すため官民協同で観光地域づくりを推進する法人と定義されていますが、私たちはまさに、15年前からDMOと同様の活動を行ってきたのです。

※日本版DMO:Destination Management / Marketing Organizationの略。官民協働で市場調査などの手法を用い、経営的な視点から「観光地域づくり」を進める法人です。対象区域の規模によって広域連携DMO、地域連携DMO、地域DMOに分かれており、九州観光推進機構は全国に10ある広域連携DMOの一つ。

──2017年の観光庁統計で、大分県のインバウンド宿泊客増加率は全国トップという結果が出ています。
渡邉 近年のインバウンド需要は、観光・宿泊施設以外の業種においても経済効果があると言われています。たとえば国内菓子メーカーの2015年度決算のうち九州45社中30社が増収し、「インバウンドの恩恵を受けている」と回答しています。また製菓・化粧品・ヘルスケア等のメーカーが、新工場建設や生産能力増強のための設備投資をしている例もあります。当然、宿泊施設やレジャー施設の需要増加は国内外企業のビジネスチャンスであり、投資が活発に行われていることを示します。観光は裾野が広い産業なので、一次産業から三次産業まで地域のあらゆる業種に恩恵があり得ますし、そういう意味でも「観光は地方創生の切り札」なのです。

■「九州はひとつ」を実感した熊本地震

──2016年の熊本・大分地震では、九州7県の連携が活かされたと聞きました。
渡邉 2016年4月14日に前震、16日に本震が熊本県と大分県で発生した後、九州管内のの直接被害がなかった5県でも宿泊予約が大量にキャンセルされました。「地震がまた起きるのではないか?」という恐怖心から客足が途絶えてしまった、まさに風評被害です。ちょうどゴールデンウィークを控えた時期でしたし、このまま観光客の減少が長引けば夏休みにも影響がおよび、体力のないホテルや旅館は持たないだろうという懸念もありました。
そこで地震発生から1週間以内に官民の関係者を集めて対策会議を開き、5月11日には関係省庁に緊急要望書を提出。5月31日には180億円の交付金支給が決定されました。こうして実現できたのが、2016年7月から12月までの6ヵ月間、熊本県・大分県の旅行商品を最大7割引、その他5県の旅行商品を最大5割引にした「九州ふっこう割」です。震災発生後、5月の宿泊者数は対前年比84%まで落ち込みましたが、この施策を実施した7月には同97%にまで回復し、最終月の12月には同101%にまでなりました。おかげで5月上旬までに発生した九州全体の宿泊キャンセルが75万人泊だったので目標は倍の150万人泊を掲げていたのですが、最終的にはそれを大きく上回る272万人泊を達成できたのです。

──熊本地震から3ヵ月足らずでスタートできたことも、大きな成果につながったのではないでしょうか。
渡邉 当機構を通じた10年以上のつながりがあったからこそのスピード感だといえるでしょう。各県と経済界のトップが半年に一度集まる定例会議があるので、緊急会議の時も前置きがいらず本題から入ることができます。仮に当機構がなければ迅速に動くことはできなかったでしょうし、これほどの成果を出すこともなかったかもしれません。当機構の理事会や運営協議会、各担当者による会議懇親会などでも、よく「九観推があってよかった」「これからも皆で一緒に頑張ろう」という話になります。「九州ふっこう割」はまさに「九州はひとつ」を体現できた好事例であり、他地域に示すことができる先行事例にもなったと思います。2018年に西日本豪雨や北海道胆振東部地震が発生した際にも、国や瀬戸内や北海道関係者から問い合わせをいただき、私たちの実施事例を提供することができました。

あの人に聞きたい 第5回 渡邉 太志氏 (一社)九州観光推進機構 専務理事 #2」へ

profile

わたなべ・ふとし/一般社団法人 九州観光推進機構 専務理事 事業本部長/1960年山口県防府市生まれ。1967年湯布院町へ転居の後、1974年から大分市へ。1979年に日本国有鉄道(現・九州旅客鉄道株式会社)に入社し、大分鉄道管理局へ配属される。1996年に本社営業部へ配属。2005年から営業部営業課設備担当課長、営業部販売一課長、営業部営業課長、営業部担当部長を歴任し、観光・宣伝・旅行会社・インバウンドなども担当。2017年4月から現職(出向)。
■一般社団法人 九州観光推進機構
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