「第34回 DXとマネジメント #4」からの続き
第35回 DXとマネジメント #5(最終項)
[前回までのおさらい]
多くの企業はDXを実現するために従来の業務をITと融合させ、高コストで手間がかかっていた顧客体験の最大化を簡単に提供できるような仕組みを作っています。
例えば、顧客に関するあらゆるデータを駆使して、顧客の「あったらいいな」を見つけ出して解決するという、本来のDX、つまり顧客体験の最大化を提供できるようにしてきました。
一方で、「単なるデジタル化」をDXと履き違えて実現している企業も散見されます。見た目上は従来の仕事や作業をデジタルに置き換えてペーパーレス等を実現していますが、顧客満足度も購買前後の顧客体験レベルにも何の変化も無いのです。
この原因の1つは「マネジメントの理解不足」と「ITリテラシーやマーケティングに関する不勉強」が招いていると感じます。
DXの目的を「顧客体験の最大化」と掲げ、組織ぐるみで大きな変革を意識して取り組んでいる企業は、たとえ紆余曲折があっても結果的にゴールに近づく取り組みになっています。
しかしDXを「単なるデジタル化」の延長と捉えているマネジメントは、IT部門に指示をして業務のデジタル化を図っただけで満足します。当然、企業の大小関係なく従来のバリューチェーンの一部がデジタル化するのみで、業務の流れの上流工程と下流工程の整合性が乏しく、結果的に「サイロ化」を招き、デジタル化した部門とそれ以外の部門の情報の流れが悪くなるのです。いわゆる組織的な取組の重要性を軽視した結果なのです。
モノが良ければ売れる、技術が高ければ患者さんが来院する、接遇が良ければ宿泊顧客は泊まりに来る、ITチームがデジタル化を推進すればDXが実現する…。
これら全ては部門最適の思想であり、組織として大きなビジョンを抱えずに取り組んだところで、大きな変化が在るわけではなく、努力をしても報われない結果になってしまいます。
DXで重要なことは全体最適でありサイロ化を無くすことなのです。
[器と魂]
デジタル化が推進された当初、3Dプリンタを活用して古い器を再現するプロジェクトに注目が集まりました。
その工程は、器の素材を分子レベルで解析し、釉薬や焼き方、造形の1つ1つをデジタルで再現します。そして出来上がった器は、パッと見は良くできているのだけど、どこか物足りない印象…。
物理的に造形をまんまコピーできたとしても、そこには作り手の魂がこもっておらず、明らかに違うものになってしまうのです。
全国に宿泊施設を展開し、コロナ禍でも業績が好調な企業があります。
当初は経営が傾いている旅館や宿泊施設を引き取り、マネジメントやサービス、そして料理などのソフト面をテコ入れをして、徐々にブランド価値を高めてきました。同社がテコ入れをした施設はハードも改修を行いますが、もともと貴重な素材や技法で作られているため経年劣化することなく、むしろ趣と歴史を感じるハードの部分をうまく再生した宿泊施設として人気を高めています。
このように順調に実績をあげていくと、当然ながら拡大路線を目指します。
古くても良質の再生物件は他社も求めるため、需要を満たすために自分たちでゼロから建築する戦略を選択します。新しく展開した施設は宿泊客をもてなすには効率的で、意図的に顧客体験を高める工夫が随所に見られます。
ところが、かつての趣は有りません。どこか人工的なのです。
DXを推進した同社は、宿泊手配などは一元化して効率化を図り、顧客情報は組織で管理している様子です。各施設でチェックインをすると過去の宿泊者情報は受け継がれているのですが、当のサービスを提供するスタッフが最高のおもてなしを経験したことが無い人材であれば、がっかりします。
デジタルを駆使して成長する企業は、余った資源を活用して、ソフトの真骨頂である人の教育が最重視されるべきです。そうでなければ、かつて良いと感じていた顧客はもう戻って来ないでしょう。
DXの本質はハードを整えることでは有りません。
見た目を取り繕い、中身がなければすぐに化けの皮が剥がれるものです。
DXを推進することで、従来に無い顧客体験を提供する。その補助としてITを駆使するのですが、従来できなかったタッチポイントの顧客体験を提供できるのは、やはり人間です。
入力や計算や記憶。これまで人間が不得意だった分野はDXの推進と共にコンピューターにアウトソーズし、余った時間を十分に活用して顧客との接点に時間を咲いて顧客体験を最大化するのです。
DXを推進していくと、従来にも増して顧客と接する機会が増え、その重要性を理解しているマネジメントは意図的にタッチポイントの機会を増やし、人員の教育を強化しています。見た目や体裁を整えただけでは、真の顧客体験は向上されません。
人と人が触れ合うソフトの部分に、顧客は見えない価値を感じるのです。
ハードだけコピーして器を作っても、作り手の思いと組織的な取り組みがなければ「魂」は注入されないのです。
[まとめ]
DXは単なるデジタル化の発想ではなく、企業として社会全体に対して大きな変革を提供するビジョンを達成するために、明確な戦略を示し、組織ぐるみで取り組む必要があります。
単にペーパーレスを実現するためのツール程度と捉えていれば、あっというまに競業する企業に飲み込まれてしまうでしょう。一方で、マネジメントがDX推進の目的を「顧客体験の最大化」として明確に掲げ、組織ぐるみで取り組む企業は必ず良い方向に向かうでしょう。
DX推進をこれから始める方、或いは既に実施している最中の経営者のみなさん、DX推進のための4つのポイントを改めて確認して、その取組の指針として活用してはいかがでしょう。
まずは「戦略」。
自社のDXの方針が明確であり、「すること」よりも「しないこと」が現場の隅々まで理解できているか定期的に確認しましょう。
次に「組織」。
DX推進のボトルネックは外部にあらず、内部に有りです。組織間の壁や過去の制約等を破壊しなければ戦略の実現は有りません。
「マインドセット」。
今、DXにシフトしなければ今後の人口減少や新たな社会問題にも対応できにくくなります。DXは事業を継続的に営むための十分条件となっているからです。
そして最後は「インセンティブ」。
企業が全体最適としてDXに取り組むためには、社員が枠組みを超えて顧客体験の最大化に取り組むことが大切です。しかし今の評価制度が過去の戦略や枠組みで設計されている場合、それがボトルネックとなってしまい、機能しなくなります。DX推進を進める中で、社員の評価の仕組みはゼロベースで考えることが大切です。
※参考
[1] 経済産業省 DXレポート 〜IT システム「2025 年の崖」の克服とDXの本格的な展開〜
https://www.meti.go.jp/press/2018/09/20180907010/20180907010-3.pdf
[2] オージス総研「アプリケーションネットワークがデジタルトランスフォーメーションの課題に対する答えとなる」
https://www.ogis-ri.co.jp/column/renkei/application-networks-are-the-answer-to-digital-transformation-challenges.html